7-10.ラフィオも悩んでいる
「疲れた……」
夜。俺たちの自宅マンションまで戻ってきたラフィオが、妖精姿でテーブルの上でぐったりとしていた。
夕食であるステーキ乗せピラフを作る間も、食べてる時も、リビングの魔法陣の石を交換する間も、ここまで帰宅する途中も、つむぎはラフィオから離れようとしなかった。
いつもと違うのが、くすぐってモフモフの妖精にはしないこと。少年姿のラフィオに抱きついたり手を繋ごうとしたり。恋人同士の動きを試みていたこと。
さっきも、今日は一緒に寝ると、つむぎは自分の家の方にラフィオを引きずりこもうとした。なんとか説得して止めたけど。
「あいつ、やっぱり正気じゃない……」
「理由はわかるだろ?」
「わかるけど、まともな行動をしない理由にはならない」
それはそうだ。
ラフィオも、現状はよくわかっている様子だ。
「エリーはお前に惚れているぞ」
「みたいだね……罪な男で申し訳ない」
「余裕ありそうだな。つむぎの家に放り込んでみるか」
「やめろ!」
キザなセリフを決め顔で言うラフィオだけど、すぐに崩れた。
本人に自覚があるなら話が早いけど。
エリーはラフィオのことが好き。それは、あの短時間でも俺にはよくわかった。遥たちも察したことだろう。あからさま過ぎた。
なんだよ。ひとりだけ様付けで呼ぶって。普通じゃないけど、ラフィオだけ特別扱いしたい気持ちは伝わってくる。
このモフモフのどこに惚れたのか、それはわからないけど。人を好きになる気持ちなんかコントロールできないものだから仕方ない。
見知らぬ土地で不安になってた時に、ラフィオは助けてくれた。それだけでも好きになる理由は十分かも。
ところで、つむぎもラフィオのことが好き。これは日頃から堂々と宣言してるから疑う余地はない。
つまり。
「三角関係だな」
「僕のために争わないでくれ、って場面かい?」
「そういうことだ。どうする?」
「参ったね。恋に憧れてこの世界に来たのに、いざそうなれば立ち回りがわからない」
やっぱりちょっと余裕そうなんだよな。
俺の視線を受けて、ラフィオは一旦溜息をついた。
「そんな目で見ないでくれ。僕は本気で困ってるんだ」
「つむぎとエリー、どっちと付き合いたいか?」
「まあ、そういうことになるのかな? あるいは、どっちとも付き合わないか」
第三の選択肢がラフィオの口から出てきたことに、俺は少し驚いていた。
「エリーのことは好きなのか?」
「わからない。彼女はかわいい。守ってあげたくなる。あの悪魔と違って礼儀正しい。……僕のことを好きでいてくれる」
だからといって、ラフィオが好きになるとは限らない。
「僕も、彼女に見つめられて手を握られるとドキッとする。これ、恋なのかな?」
「……たぶん」
俺に訊かれてもわからない。
「でもなー。なんというか。その」
「なんだよ。隠さず言ってみろ」
「僕がエリーと付き合ったとしたら、つむぎは悲しむ」
ラフィオの表情は真剣だった。
あの悪魔、なんて普段は呼んでる相手を気遣っている。
「それは、つむぎが魔法少女だからか? 失恋した魔法少女の戦いに、なにか影響があるとか、そんな考え方か?」
「違う。つむぎが悲しんだら、僕も悲しい……とは少し違うな。申し訳なさがあるというか。正直、自分の気持ちがわからない。つむぎのことは好きじゃないのに、なぜか気遣ってしまう。あの子の泣き顔は見たくない。これ、どんな感情なんだい?」
「知らない」
「これも恋なのかな?」
訊かれてもわからない。
俺の困惑を見たラフィオも、同じく困った笑みを見せた。
「わかっているよ。不誠実だよね。女の子ふたりから好意を向けられているのに、当の僕はどっちも気になって選べない。ひどいと自分でも思うよ」
「そう言うな。選べないのは事実なんだから」
「悠馬も同じだよね。ふたりの女の子から狙われてる」
「俺と一緒にするな。というか、それ片方は実の姉だ。好きと言われても付き合うとかありえないだろ」
「向こうはそうは思ってないかもね」
ラフィオの言い分を否定できず、俺は風呂の方を見た。愛奈が今、入ってる。例のごとく、俺と一緒に風呂に入らないかと、さっきも誘われた。
どこまで本気なんだろうな。入るって言ったら、どんな反応するんだろう。
少なくとも、一転して拒絶することはなさそうだ。
「遥と付き合ってることになってるのも、君は乗り気ではない様子を見せつつも受け入れている」
「ああ。そうだな」
俺もラフィオと一緒だ。しかも、俺はふたりからの好意を受け止めようとしていない。
受け止めるためにどうすればいいか、本気で悩んでいるラフィオの方が誠実なのかも。
「悠馬の立場も大変だとは思うよ」
「お前は自分の心配をしてろ」
「心配するほどのことじゃないさ。つむぎとエリー、どっちを大切にしたいかを見極めればいいだけだ」
「簡単じゃないと思う」
「そうだなー。こればかりは相談相手もいないし。悠馬は頼りないし」
「おい」
「なあ悠馬。僕のこと関係なしに、エリーは幸せになるべきだ」
身を起こし、机の上で真っ直ぐに立つ小さなラフィオ。その表情は真剣で。
「エリーの幸せと、僕への恋は別々に成立できる。けどもし、僕がそれを忘れてしまって、恋をしたいっていう自分の希望だけを押し付けてエリーを不幸にしかけることがあれば。その時は止めてくれ」
「ああ」
エリーは幸せにしないといけない。そんなことは、俺が一番わかっている。




