7-9.血の繋がりよりも
エリーはこの街に留まる。どんな形かはわからないけど、アメリカに帰ったりはしない。
悠馬と樋口の話がその方向にまとまったのを聞いて、ラフィオは心が踊るような感覚になった。
嬉しい。素直にそう思えた。
つむぎも安堵したような溜息をつく。
「よかったね、エリーちゃん。寂しいのは嫌だもんね」
「そうだね」
「悠馬さんたちの家族ってことになるのかな?」
「どうなるかは、僕にもわからない」
「だよね。でも、家族はいるべきだよね、うん」
昨夜の団欒のことを思い出しているのだろうか。つむぎは何度か頷き、ひとりで納得した。
それから。
「ラフィオはさ」
「なんだ?」
「キエラって女のこと、家族って思ってる?」
「いいや。……たしかにキエラから生まれたし、キエラの夫となるために作られたけど。でも家族とは思いたくない……どう思っていても、血の繋がりがある以上は家族になるのか?」
「どうだろうね。わかんない。でも、悠馬さんたちの方を、キエラより家族だと思ってるでしょ?」
「それは間違いない」
「えへへ。わたしたちも家族だよね」
「……みたいなものだな」
否定できなかった。
別に一緒に住んでるわけではない。けど、ずっと一緒にいる。
血の繋がりが家族を定義するのに入らないなら、住所が異なることを家族の否定にも使えないのではないか。
つむぎと家族であるということ自体に、どう思ってるかは別として。
訊いてきた彼女は、とても嬉しそうだった。
「うん。そうだよね。わたしたちは家族。お嫁さんとお婿さんだよね」
「それは違う」
「えー」
「僕は悠馬たちの家族だけど、別に息子や弟じゃない。ただの家族だ。家族だからって、親子や夫婦である必要はない」
「でもー」
「ラフィオ様!」
不満げなつむぎを遮り、樋口に連れられたエリーが駆け寄ってきた。
話の途中で出てくるタイミングを見失い、玄関でふたりで聞き耳を立てていたのだけど、向こうから来てくれた。
「私、今から日本の警察に行きます!」
「ああ。そのようだな」
「必ず、ラフィオ様の所に戻ります!」
「わ、わかった……」
ラフィオの、つむぎに繋がれてない空いてる方の手を握ったエリーが、顔を近づけて興奮した口調で語りかけてきた。
さっきまでは不安そうで静かな口調だったのに、話し合いの結果がよほど嬉しかったのだろう。
満面の笑み。熱い吐息。ぎゅっと握った手からも、彼女の喜びが伝わってくる。
エリーが幸せ。それが、ラフィオにとっても嬉しかった。
「むー……」
つむぎが不満そうな目を向けているけど、今は気にならなかった。
「ラフィオ様。この国でも、もうすぐ夏の長いお休みの時期が来るのですよね?」
「まあ、そうだね。もうすぐ夏休みだ」
「ラフィオ様。日本の夏の過ごし方、是非教えて下さい!」
「あー。うん。わかった……」
圧がすごい。つむぎの掛けてくる圧とは、また少し違っていた。
「ラフィオ様ー! 待っていてくださいねー!」
さっきまでの不安げな表情よりも、今の笑ってる顔の方がかわいい。車に乗って離れていくエリーに、ラフィオも手を振り返した。
「ラフィオ」
「なんだ?」
「わたしもラフィオと、夏を過ごしたい」
「それは……いいけど」
「ラフィオとかき氷食べたい。お祭りとか行きたい。海にも行きたい!」
「海に行きたいかー」
遥が何か思い出すように言う。
「剛先輩が別荘持ってるって言ってた気がする。お願いしたら使わせてもらえるかも?」
「別荘ねー。お金持ちはすごいわね」
「はい。わたしもすごいって言ったら、それほどでもないって謙遜してました。……お姉さんも行きたいですか?」
「……行ってみたい。別荘ってやつ、実は憧れてたりする」
「いいですね。みんなで合宿みたいな感じで行きましょう。今度お願いしてみますね」
愛奈も遥も厄介事がとりあえず解決して、気が抜けたって感じだ。
「あー。今年の夏は楽しいんだろうなー。いっぱい遊びたい!」
「そのためには、遥は試験勉強しなきゃな」
「ぎくっ!? わ、忘れかけてたのに……」
「ついさっきその話しをしたばかりだろうが。ほら、勉強見てやるから。座れ」
「いやー! 勉強やだ! やだー! 勉強も追試もしたくない!」
「それはさっきも聞いた」
「つむぎちゃん助けて!」
「ラフィオ、つむぎ。今夜の夕食はふたりで用意してくれ。遥は勉強に集中しないといけないから」
「そうか」
「はーい」
「いやー!」
浅ましく逃げようとする遥の車椅子を動かし、悠馬が机の方に連れて行く。
人間の夏か。楽しそうだな。
「何作るか考えてる?」
「まだなにも。悠馬の好物がいいかなと思ってる。退院祝いで」
気を使うなと、ちょっと気が引けた顔をする悠馬の顔が思い浮かんだけど、献立を考えるヒントとして使わせてもらおう。
「ピラフ?」
「そうなるかな。上にカットステーキとか乗せれば、立派なメイン料理だ」
「確かに! あとおかずが二品くらい?」
「そうだな。野菜ををメインにしたやつ」
「ほうれん草の卵とじとか」
「メインに合うやつがいいな。卵使ってほしいのか?」
「うん!」
つむぎの好物だから。
「わかった。スーパーまで行きながら、どうするか考えよう」
「えへへー。ラフィオー」
「抱きつくな! 歩きにくいから!」
「ラフィオー!」
構わずラフィオにまとわりつくつむぎは、さっきのエリーに負けず劣らずの勢いだった。
嫌な対抗意識だなあ。




