7-7.奇跡が起こってしまった
「ふふっ。このふたりは生意気なこと言うけど、エリーちゃんはわたしのこと、そんけむぐっ!?」
「はいはい。年下に慰めてもらおうとしないの」
「お姉さんなにするんですかー!?」
「ごめんな、エリー。騒がしい奴らで」
「いえ。大丈夫です、悠馬さん。賑やかで羨ましいです。わたしの家族とは大違い」
「そうか」
家族か。そうかもな。
そこに自分が含まれている可能性について、遥がいい笑顔を見せていたけれど、それは無視した。
クローヴス家はビジネスの家族。別に、目的のために組んだ家族にだって幸せがあってもいい。けど、彼女の場合は違った。
父親であるケンゴ・クローヴスはビジネスにしか興味がなかったし、母親は夫になった男の財産しか見ていなかった。
夫婦は、自分を引き立てる家族に愛を持っていなかった。エリーに対しても。娘が欲しかっただけで彼女が欲しかったわけじゃない。しいて言えば、金髪で美人なら見栄えが良かったというだけ。
あれは家族などではなかった。
それでも家族ごっこを続けていれば、エリーには少なくとも金持ちの暮らしはできただろう。けれどすぐに頓挫してしまった。
キエラと俺たちのせいだ。ビジネスは失敗。クローヴスは死んで母親も逮捕された。
エリー自身は?
「昨日のパーティーで、怪物が暴れたって知った後にエリーはどうしたんだ?」
「会場から逃げました」
昨日も着ていたドレスを見せながら言う。そうだろうな。
「逃げたというのは、誰から?」
「……わかりません。ただ、施設には戻りたくありませんでした。父や母があんなのでも、施設よりはずっと良かったので」
少なくとも、生活に不自由はなかったからな。
エリーが捕まりたくない相手は漠然としたもの。トライデン社の他の社員や日本の警察。あるいはエリーを警察に引き渡そうとする市民。
つまり、大人すべて。
実際、樋口の存在には怯えていたし、一応は親しみやすい態度を取ろうとしている愛奈にも、ちょくちょく不安げな視線を向けている。
愛奈の方もそれに気づいて、ちょっと戸惑い気味だ。愛奈はこんな少女に悪意を抱けるほど賢くもないのだけど、エリーは知らないもんな。
俺たちのこと、それぞれ尊敬できると言ったのも、根の優しさだけではないだろう。
こちらを持ち上げて心証を良くする。悪く表現するなら媚を売る。
それか、日本語を獲得してクローヴス家の人間として生きることが決まった時に、押し付けられた気質なのかもな。人を常に持ち上げる人間であれ。
会社の想定としては、取引先や政治家相手に発揮してほしいスキルだ。クローヴスの娘としては、たしかに必要なこと。
有効活用する前に、破綻が来てしまったのだけど。
「パーティーから逃げたのは、いつの時点で?」
「お客様たちが騒ぎ出した時には、逃げようと考えていました。トライデンのロゴを纏った怪物が暴れたと聞いた時に、終わったと考えて」
確かに日本でのビジネスは、その情報が流れた時点で継続は絶望的だろう。クローヴスは立場があったし、レールガンという会社の資産だけでも取り戻さないといけなかったから、強固に抵抗した。
妻子にはその義理もないわけで。
「最初に、会場から母親が逃げたのは知っている」
「はい。わたしもそれを見ていました。その後、続こうとする皆さんにまぎれて会場のホールから出て、駐車場の出入り口から逃げました」
普通にフロントのそばの正面出入口からドレス姿の女の子が逃げれば、目立って誰かに止められてしまうだろう。そこから表通りに出れば監視カメラも多く、警察に足取りを追われてしまう。
駐車場にもカメラはあるだろうけれど、そこから映らない場所を探しながらの移動はできる。
そして、一晩中歩き続けて、そこの河原で力尽きて倒れた所をラフィオたちに見つかった。
スマホで地図を出してみる。ホテルのある繁華街から河原まで、結構な距離がある。
「一晩って時間を考えれば、女の子が運動に向かない靴で歩いたとしても移動はできる距離だよね」
「そうね。玄関の靴、高くて綺麗だけど歩きにくそうよね。実際、ボロボロになってる」
愛奈が玄関の方に目をやる。ラフィオとつむぎがそこで並んで立って、何か話してる。こっちに来ればいいのに。
それより、エリーの靴か。俺はそんなもの目に入ってなかったけれど、愛奈は気づいていたのか。
「あの靴を見るに、エリーちゃんがここまで歩いていたのは間違いないわ。なかなか根性あるわね」
「はい……恐縮です」
子供のものとしてはちょっとズレた返事に、愛奈はおかしかったのか笑みを見せた。
エリーの動きは理解できた。
わからないのが。
「行くあてはあったのか?」
エリーは黙って首を横に振った。
だろうな。彼女に頼るべき相手はいない。ホテルからなんとか逃げ出せたとしても、朝になれば誰かに見つかる。
ボロボロになったドレス姿の女の子なんか、警察に保護される以外の未来はない。
「誰か、親切な人に見つけてもらって、匿ってもらう。そんな奇跡を信じていました」
そんなこと起こるはずもないのに。
けど、俺たちとは出会ってしまった。




