7-6.エリーの生い立ち
「ラフィオ! わたし頑張るから! どの石がいいか教えて!」
「なんなんだ。今日のお前、様子が変だぞ?」
「変じゃないよー。この石とかどうかな?」
「その隣の、角ばった石がいい。そうそれ、ぐえっ」
ラフィオを抱きしめながら、つむぎはひとりで石を拾ってはバケツに入れていく。
いつもより、持つ手の力が強い。絶対に離さないとでも言うように。
「苦しいんだが。あと、僕が直接拾った方が早いだろ」
「あ。ごめん。そうだよね。そうだけど……」
やっぱり様子がおかしい。
つむぎの手から抜け出したラフィオが少年になって河原に降り立ち、石を拾っていく。
「ね、ねえラフィオ」
「なんだ?」
「手、繋いでいい?」
「帰る時にな」
「うん……。あのねラフィオ」
「なんだ?」
「好きだよ」
「……」
いつもと違う、静かな言い方。
こうなっている理由は、ラフィオにもなんとなく察せられた。
だからこそ、いつもみたいに否定することができなかった。
おかしいのは僕の方だ。ラフィオは、自分の気持ちがわからなくなっていた。
とりあえず、帰ろうか。
「うん」
いつもなら、なんの遠慮もなく隣に立って手を握ろうとしてくるつむぎ。今日は妙に、動きに遠慮があった。
――――
「あんたのことを教えてほしい。エリーって呼んでいいのか?」
「はい。エリザベート・クローヴスと申します。両親からはエリーと呼ばれていました」
テーブルにエリーと向かい合って座り、彼女の情報を得るべく質問をした。
エリーは特に躊躇うことなく受け答えする。
「両親というのは?」
「クローヴス家の両親です。昨夜亡くなったケンゴ・クローヴスと、その妻。私を引き取った両親。それだけではなく……生みの親も私をエリーと呼んでいました」
「死んだ」
昨夜の記憶が蘇る。いい思い出とは言えず、頭を微かに振ってそれを追い出し、質問を続けた。
「生みの親というのは、どんな人だ?」
「父については、私もよく覚えていません。小さい頃に出ていったそうで。顔もおぼろげです。写真も、母がすべて消してしまったそうです。その時、姓が一度変わりました」
父の姓から母の姓へ。
「母は在宅で働くシングルマザーでした。ですが……えっと、生活苦に耐えられず、ある日いなくなりました。わたしが九歳の頃です」
「そうか」
両親に恵まれていたとは言えない境遇。それをエリーは辛そうに語っている。
「頼れる親類もおらず、わたしは施設に引き取られました。そして三ヶ月前、クローヴスの父に引き取られました」
再度姓が代わって、彼女はクローヴスとなった。
「そっかー。名字がコロコロ変わるのって大変だよね」
「はい。お気遣い、ありがとうございます。クローヴスの家では、三ヶ月かけて日本語を勉強しました」
「三ヶ月で!? すごい!」
遥がかなり驚いた声をあげる。
「わたし無理だよ。三ヶ月で英語ペラペラになってくださいって言われても。ねえエリーちゃん。ちょっと英語で話してみて?」
「え。あ。――――」
「くあー! なに言ってるかわかんない!」
「こら。話の腰を折らないの」
流暢な英語を話し、彼女が本当にネイティブの英語話者なのは理解できたが。
それが、今まで馴染みがなかった言語を三ヶ月で頭に叩き込むなんて。
「クローヴスがエリーを選んだ理由は、なにか聞いているか?」
「両親と顔が似ていたから、実の親子に見せかけられるという理由でした」
「そうか」
別に、生みの親が日本と関わりがあって学習が比較的容易だったとかの理由ではなかった。
あのクローヴスの選択としては、実にわかりやすいものだけど。
「頑張りました。会社が用意した日本風の家屋で、日本語を話す人と一緒に生活をしました。本棚にはすべて日本の本。テレビをつけても日本の番組しか流れません。その同居人には、日本語でお願いしないと食事を出してもらえませんでした」
「うわっ。スパルタ……」
遥の心底嫌そうな声。俺だってそんな状況に放り込まれたら、気が滅入ってしまうだろう。
英語圏ではどんな馬鹿も英語を話す。それが習慣で普通だから。じゃあ、日本語しかない環境で育てば日本語話者になれる。子供だったら吸収も早いだろう。そんな考えを、トライデン社の教育担当は考えたらしい。
用意の良さを考えると、クローヴス個人の判断ってわけでもないだろうな。
子供とはいえ、エリーはもう立派な自我が出来ている年齢だ。英語に馴染んでいる期間も長かった。赤ちゃんが日本に住んでたら日本語を話すのとは事情が違う。
けど、エリーはやってのけた。やらされた。
「頑張ったんだね、エリーちゃん。偉い!」
「ありがとうございます、遥さん」
「美談にするのもどうかと思うけどな」
「いいんだよ! エリーちゃんが頑張ったのは本当なんだから! それを褒めるのと、汚い手を使う大人を非難するのは矛盾しないんだよ!」
「遥さんは、とても柔軟な発想ができるのですね!」
「まあねー。頭いいんだよ」
「テストの成績もいいもんな」
「そ、そうだねー」
「だったら、今度の期末テストは俺が教えてやる必要ないよな」
「あります! 教えてください! 勉強は嫌だけど追試も嫌です!」
情けなく懇願する遥。なんて浅ましい姿だろう。直前まで褒められ調子乗ってたのに。
「うえー。試験したくないよー。悠馬ー! お姉さんー! 助けて!」
「勉強しろ」
「悠馬に同じ。あとお姉さんじゃないから」
「え。エリーちゃん! ちなみに因数分解って知ってますか!?」
「いん……?」
さすがにその語彙はなかったか。というか、小学生相手に因数分解でマウントとるのはやめろ。遥だってこの言葉を知ってるだけで、実践は俺が教えないとできないんだから。




