6-31.キエラの暗躍
会場内どこを見ても、会話、談笑、お喋りばかり。
ホテルのシェフが腕によりをかけて作って、俺たちスタッフが並べた料理にはあまり手がつけられてない。
具だくさんのスープも豪勢なローストチキンも、冷めないように下から温める機械が設置されているんだ。いつ食べても熱々だから、遠慮なく食べろ。
そういう会合ではないから仕方ないのは理解しつつ、なんか気に入らなかった。
特にあれだ。並んだ料理の中にピラフがあった。メインの具はエビとスライスしたマッシュルーム。その他、彩りを考えて刻んだ野菜が混ぜられている。
うまそうだな。ホテルのピラフとか、絶対にうまいやつじゃないか。なのにこの金持ちどもは見向きもしない。
「悠馬。ちゃんと仕事しないとだめだよ?」
「そうだった……」
俺は仕事中だった。バイトというだけではなく、この街のための大事な仕事だ。
クローヴスにそれとなく近づいて、会話を樋口に流したい。けどその前に、ある人物の近くに向かっていく。手には、数本のシャンパンが入ったグラスの乗ったお盆。本当に映画で見る格好だ。
彼もまた大物で、俺の知らない偉い人と談笑しているようだった。
その会話が途切れた瞬間に、俺はすかさず話しかける。
「お飲み物はいかがですか?」
「ああ。ありがとう……」
彼、大貫市長は礼を言ってグラスを一本受け取りながら俺の方をちらりと見た。
ただのウェイターだと思っていた人間が、魔法少女の隣で戦ってる覆面男だと気づいたらしい。
市長は覆面男の素顔を知る、数少ない人物だ。
もちろん、ただのバイトが街の重要人物と長々と会話はできない。俺はペコリと頭を下げて、素早く離れていき。
「待ちなさい」
市長の方から呼び止めてくれた。
「お手洗いはどこだね?」
「案内します」
「すまないな」
そして俺は、お盆を剛に押し付けて一旦会場の外に出る。
「俺がここにいるのは偶然ではありません。魔法少女のためにクローヴスの情報を探りたくて、バイトの形で潜入しました」
「そうか。ここまでやるとは……驚いたな」
「もちろん、この身分ではクローヴスとお知り合いになるのは難しいので、会話を聞くぐらいしかできませんけれど」
「君や魔法少女は、あの男をどう思っているのだね?」
「気に入らない。だいたいそんな感じです。奴らは怪物を完全には殺せない。そして、魔法少女にとどめを刺すことを求めなかった。自分たちだけで怪物を倒したと言いたいために。正直、信頼できません」
「そうか。君たちの意見はわかった」
「市長は、あの男を信頼していますか? 模布市として受け入れる気はありますか?」
「どうだろうね。まだ迷っているよ」
それだけ話せれば十分だった。市長が長時間いないと騒ぎになるから、彼は会場に戻っていった。
俺もまた、クローヴスの近くに向かおうとする。外は既に暗くなっていて、美しい夜景が広がっていた。
あの街の灯りひとつひとつが、市民がいる証拠。彼らを守るために、俺は戦っているんだよな。すぐに窓から会場内に視線を戻し、クローヴスを探していると。
突如として、会場内の全てのスマホが警報を鳴らした。フィアイーターが出たらしい。
――――
倉庫街の拠点を放棄した部隊がどこに行ったのかは、キエラは簡単に把握していた。だって奴ら、隠してないのだもの。
この街の市街地の真ん中にある大きなホテルにキエラは忍び込んだ。あのクローヴスって奴が泊まっていて、今夜パーティーを開くホテルだ。
部隊とトラックはパーテーションで隠されている。けどキエラには無関係。
パーテーションを外側から確認して、あとは中をイメージしてエデルード世界から穴を開ければ入ることができる。
二十人ほどの人間が寝泊まりするスペースに、トラック二台の駐車。その他、装備を置く場所なんかもあるから、パーテーションで区切られた面積自体はそれなりに広い。
けれど同時に、ホテルの駐車場をあまり圧迫するわけにはいかないから、本当にギリギリのスペースを確保したという感じらしい。つまり、中は手狭だった。
ごく狭い間隔で並べられている二台のトラックの内、片方の上に乗ったキエラ。すぐ近くに兵士の姿。こちらの侵入には気づいておらず、呑気にお喋りしている。
小さな妖精の姿になれば、人の身長より高い荷台の上にいても見つからない。キエラはそのまま、しばらく周りの様子を見る。
いま自分がいるのが、レールガンとドローンどっちのトラックかは知らない。興味もない。どっちもフィアイーターにしてしまえばいいのだし。そのために、コアをふたつ持ってきた。
この前までは白一色だったトラックだったけど、今は荷台の側面にトライデン社のロゴがペイントされている。
この部隊の有用性は揺るがないものになったから、宣伝効果を期待してのものかな。
逆に、実際にフィアイーターと戦うまでは、会社の名前を全面に出すのは控えてたわけだ。無様な戦いを見せて社名に傷をつけるのを恐れて。
見た目の割に臆病な人間ね、クローヴスって。
クスクスと笑いながら周りを見た。この区画の隅に、円筒形の容器が置かれているのが見えた。
あの中に、奪われたコアが入っている。大切な物なのは理解しているのか、銃を持った兵士がふたり、容器の前に並んで立って警護している。
兵士なんかどうでもいいけど、容器を開けるのは大変そうだ。特殊な形のロックが掛かってたら、キエラにはどうにもできない。
すごく頑丈そうだし、壊して開けるのも難しそう。
そうだ、いいこと考えた。別に、フィアイーターは絶対にトラック二台で作らないといけないわけではないのよね。
キエラはとりあえず、足元のトラックにコアを埋め込んだ。フィアイーターはすぐに完成した。




