6-30.パーティーの始まり
パーティーが始まる。俺と剛は会場の壁際に下がって来場者を待ち構えた。
市議会の主だった人間に、その有力な支援者。市の財界の大物に、会社の社長。そんな偉そうな人やその家族たちが、タキシードやドレスを着て続々と会場入りしてきた。
その大半が、俺には誰かわからない人ばかり。
「結構、すごい人たちが集まってるんだよ」
隣で剛がそう耳打ちしてくれた。上流の人にはこのすごさがわかるのか。
あ、大貫市長だ。これは知り合いだ。こちらから話しかけることはできないけど。さすが、市のトップだけあって他の客からひっきりなしに話しかけられていた。
そして会場の照明が少し落とされ、前方の壇上にスポットライトが当たる。主役の登場だ。
会場全体からの拍手と共に、クローヴスがやってきた。
グレーのスーツに紺のネクタイ。2メートル近い身長とがっしりした体つきは、画面越しに見るよりもずっと迫力があった。
彫りの深い顔つきは威圧感を与えるが、それを緩和するように笑みを浮かべていた。
どこか、軽薄な笑顔に見えた。ビジネススマイルだ。仕事の場なのだから、それで正解なのかもしれないけれど。
後ろにドレス姿の妻子を連れている。三ヶ月前に急遽作られた、仮初の家族。
確かに母娘ともに美人だな。特に母親の方は、この場の主役として立っているかのような堂々とした表情をしている。
娘の方は、緊張しているのか表情が固い。それもまた、見る者によっては年相応でかわいらしいと思えるのかもしれないけど。
三ヶ月前に結婚した夫婦に、十歳かそこらの娘がいるのは珍しい。再婚した時の連れ子の場合もあるけど、樋口は彼女を養子と言っていた。
あの母娘とも、クローヴスを引き立てる飾りでしかない。娘の内心はわからないけど、母の方はそれに気づいていないように見えた。
「皆様、今日はお越しいただき、誠にありがとうございます」
流暢な日本語でクローヴスが挨拶を始める。内容は聞き慣れたようなものだ。弊社はこの街を救うために来た。人間の世界は人間の手で守るべき。
そして、この街の技術力を褒め称え、それらを合わせて作ったコントラディクションシステムの素晴らしさを訴えた。
トライデン社の誇る部隊と兵器は、ホテルの地下で待機している。後で希望者と共に見学をしましょう、とも語った。
さらに、システムの開発に携わったエンジニアを、この場に何人か呼んでいるとクローヴスは言った。模布市の会社の新しい提携先を探す場でもあるのだから、先駆者を呼んで話しをしてもらうのは重要だ。
壇上に何人かが招かれる。クローヴスが最初に紹介したのは、一組の男女。
俺にとっては知り合い。お隣さん、つむぎの両親だ。向こうはスタッフの中に俺がいるなんて気づいてない様子。
彼は御共夫妻だと紹介した。映像解析AI研究の第一人者で、コントラディクションシステムの根幹を担っているとも。
黒いスーツを明らかに着慣れていない様子の父親は、こういう場が苦手なのか目が泳いでいる。反面、母親の方は白いスーツをしっかりと着こなしていて、柔らかな笑みを来訪者に向けたいた。
クローヴスの紹介を受けて、マイクを受け取り話すのも母親の方だった。
「ご紹介に預かりました、御共結弥です。主人と共に、映像解析システムの研究をしています。この技術が、魔法少女の皆さんの助けとなれば嬉しい。その想いで、トライデン社との提携を決めました」
よく知っている、優しい口調での語りかけ。
クローヴスの主張とは少し違うな。奴は、魔法少女がいなくてもフィアイーターを倒せる力をアピールしている。
けど、つむぎの母は違った。魔法少女の力になりたいと。
魔法少女に好感を持つ市民は多いから、クローヴスが仲間を集める時にそういう切り口で説得した相手も多いのは予想がつく。
あのシステムも、使い方によっては魔法少女のサポートもできる。使用者の考え方次第で、御共夫妻の思想も間違ってはいない。
クローヴスにとっては気に入らないだけだ。
その後も、何人かのシステム開発関連会社の人間の挨拶があってから、歓談の時間となった。
すかさず、クローヴスの周りに何人かが集まってきた。商売か政治の話しをしているのだろう。
他の参加者もそれぞれ話し込んでいて、交流を深めたり互いの腹を探ろうとしている。
クローヴスと関わって、兵器の製造や運用に加担した者と思われないか。それを凌駕する利益が得られるのか。周りはどう動くか。政治的な判断材料を探っているのだろう。
つむぎの両親も、俺の知らない誰かと話している。喋るのは主に母親の方だけど。
あと、クローヴスの妻も女に囲まれていた。パーティーにお呼ばれした者は男の方が多いけど、妻同伴で来ているのも多い。
奥さん同士での交流から見えてくることもあるのかな。肝心のクローヴスの妻が、日本語が話せないようで会話はあまり上手くできていない様子だった。
クローヴスの娘は、いつの間にか見当たらなくなっていた。周りは、大人同士の退屈な会話ばかり。見る限り同年代の子供は来ていない。
暇を持て余して、どこかに行ったのかな。




