6-25.政治的な理由、技術的な問題
それから、樋口が酒を持ってやってきた。
「今日は飲むのか」
「飲まなきゃやってられないことばかりよ」
「仕事はいいのか」
「地元の公安が頑張ってる」
これでも立場ある人間なんだけどな。普段はもっとまともに仕事してるんだろうけど。
酒が来たと、愛奈は無邪気に喜んでいる。駄目な大人が揃っている。
「例の部隊の新しい潜伏場所は既に特定済よ。市街地ど真ん中の、ホテルの地下駐車場」
「ホテル?」
「クローヴス一家の滞在する、お高いホテルよ。いつでも警官隊が踏み込めるけど、上から止められてる」
「政治の問題か」
「ええ。政治家連中は、地盤でない所で銃撃事件があっても知らん顔よ。警察庁や県警のお偉方との交渉が、今も続いてることでしょうね」
「面倒な話だな。悪人をぶん殴って逮捕するだけでいいなら簡単なのに」
「海外からの立場あるお客さんは、そう簡単に逮捕できないものなの。で、クローヴスは今夜記者会見を開く予定らしいわ」
「今日の出来事を誇るんだろうな」
嫌な話だ。
――――
つむぎが、学校の水泳の授業で着用しているという水着を着ていた。
「じゃあラフィオ、お風呂入ろっか!」
「……わかった」
「やったー!」
今日は彼女に助けられた。あのままならいつか、フィアイーターの体を銃弾が貫通して大怪我してたか、死んでいた。
つむぎのしたいようにさせよう。
「ラフィオ、ラフィオ、ラフィオとお風呂ー」
歌うようにして、ラフィオの体を抱え上げながらつむぎが風呂場に向かっていく。
「本当に怪我はない? 痛いところがあったら、ちゃんと言ってね?」
「大丈夫だ。痛いことは痛いけど、ただの打ち身だ。放っておけば治る」
「無理しなくていいからね。今日はわたしが、ラフィオのお世話全部やるから!」
「しなくていいんだけど」
「風邪ひいた時に助けてくれたお礼だよ!」
そしてラフィオと一緒に入浴。さらに体をしっかり洗って、乾かしてブラッシング。
今日はいつもと比べて、つむぎの触る手が優しかった。いつもこうだったらいいのに。
人間の姿になって、一応体をよく見てみる。大した怪我はない。腕の所に軽い青痣がある程度。放っておけば消えるようなもの。
リビングの椅子に座って向き合い、特にすることもないから、のんびりと時間を過ごす。
テーブルに椅子は三脚あった。両親とつむぎの三人家族。つむぎが座っている椅子は普段からの定位置で、ラフィオが座ってるのは父親の椅子だという。
「それにしても、あの軍隊? みたいなの、許せないよね」
これまでは大して興味を持ってなかった特殊部隊に、彼女はようやく感想を述べた。
「特にあの、ドローンでいいのかな? ラフィオを助けに行きたいのに邪魔した奴。なんというか……嫌だな。あれを作った人」
「そうか」
ドローンの制御システムを作ったのは両親だと、つむぎは知らない。ラフィオも、伝えるべきではないと思った。
その代わりに尋ねた。
「つむぎは、親が帰ってこないこと寂しいと思ってるか? ここの所は特に、会社に籠もりきりみたいだし」
「え? うーん……確かに、悠馬さんの家から自分の家に帰ると誰もいないのは、ちょっと寂しいかな。でも、お父さんもお母さんもわたしのために頑張ってるのはわかってるし」
「確かに」
娘を怒らせたドローンの動きも、日々の研究の賜物だ。まさか娘が魔法少女だったなんて想像もできないだろうし。
「それに、ちゃんと帰ってくる時はあるよ。その時は、お母さんわたしの好きなオムライス作ってくれるんだ。おいしいんだよ。ラフィオのと、どっちが上かは決められないけど」
「そこは素直に、母親が上って言えよ」
「えー。でもラフィオのオムライスも好きだからなー。ねえ、今度お父さんたちに、ラフィオ紹介していい? 彼氏ですって!」
「駄目だ」
「えー。でも、将来的には結婚するんだし、紹介することになるんだよ?」
「気が早すぎる」
「サムシングフォー、見つけないとね」
「だからな。結婚できる年齢じゃないだろ。お互いに」
「早い内から準備すべきなんだよ! えへへ」
椅子から立ち上がったつむぎが、ラフィオに抱きついた。
お風呂上がりの、石鹸のいい匂い。
「ずっと一緒だからね!」
「……わかったよ」
両親の話しをしてたのに、なんで僕のことになるんだ。
まあいいか。この距離感が、嫌いではない。
――――
『以上の経緯により、弊社の部隊とコントラディクションシステムによって、市民を脅かす怪物は被害を出す前に無力化に成功し――』
テレビの中で、クローヴスが誇らしげに話している。
資料映像も一部公表していた。黒タイツどもを拳銃で殺していってるシーン。間違いなく、さっきの倉庫街での戦闘だ。それからフィアイーターをレールガンで射抜いたシーン。
肝心の、フィアイーターを銃撃して動きを止めた上でコアを取り出し保管した瞬間の映像はなかった。理由は知らない。
ラフィオがいるかもしれない方向に銃撃するシーンは見せたくなかったのか。それとも、ライフルの連射はゴールデンタイムのお茶の間には刺激が強すぎるとかの判断か。
この中にコアがありますと、例の容器を見せるだけだった。
会見に来ていた記者からも、それに対しての質問があって、クローヴスは微かに嫌そうな表情を見せた後。
『技術的な問題です。システムに不備があるというわけではなく、機密情報に関わる物が映り込んでいたので、会見までに編集できませんでした』
なんか、わかったようなわからないような回答だな。




