6-9.矛盾
「あれは、なんだ」
銃をフィアイーターに向けている集団の周りを、厳ついドローンが飛んでいる様を見ながら、誰も答えられない質問が口から漏れた。
「コントラディクションって、なに?」
『矛盾、という意味ね』
ライナーの質問に、電話の向こうの樋口からそんな返答。
あらゆる物を切り裂く最強の矛と、すべての攻撃を防ぐ最強の盾。両者が同時に成立することはないという、中国の故事由来の言葉。
だとしても、最強の矛と最強の盾を作ろうとする意味はある。
矛盾って言葉ができる時代の前から、技術者と呼ばれる人々は矛盾に挑んで技術を磨き、新しい発明品を生み出してきた。例えば、その時の最強の武器を。
「エネルギー充填済! 目標補足完了!」
スピーカーから声がした。外にいる指揮官に知らせるのと同時に、周囲に自分たちのやっていることを喧伝するようでもあった。
「フィー!」
ただならぬ様子に、黒タイツが一体現れて部隊に襲いかかった。
全員倒したと思ったけど、生き残りがいたか。逃げたのだろうけど、本体に危機が迫っていると見て、動くことにしたらしい。
「フィアァァァァァ!」
そして上空のフィアイーターも動く。羽を畳んで流線型のボディで、指揮官の方にまっすぐ突っ込む弾丸のような形になる。
二方向からの攻撃は、どっちも功を奏しなかったけれど。
「フィッ!?」
部隊に接近した黒タイツは、ドローンが側面からぶつかってきたために、横ざまに倒れる。そこに部隊のひとりが素早く接近して、腰のナイフを抜いて刺し殺した。
鳩のフィアイーターも同じく。宙を飛ぶドローンが横から当たって、起動が逸れる。そこに。
「放て」
指揮官の短い指示と同時に、トラックの上の銃が弾丸を発射した。
奇妙なことに、あんな大きな銃なのに銃声らしいものは聞こえなかった。代わりに金属が擦れるような音がした。
直後に強い風圧を感じた。弾丸によるものだろう。
ドローンの側面に押されていたフィアイーターの胴体を、弾丸が貫いたのがわかった。
当然、人間が作った武器ではコアを破壊することはできず、謎の部隊の前に落ちた鳩は痛そうに体をバタつかせていた。体は大きくえぐれていて、銃弾の威力が伝わってくる。
「なんかわからないけど、わたしたちの手助けしてくれたのかしら。ま、とどめはわたしが刺さなきゃいけないようだけどねー」
屋根から降りてきたセイバーが、フィアイーターの方に向かっていって。
「うおっとー!? ちょっと! 邪魔しないでよ! こいつ思ったより強い!」
ドローンに押されて接近を阻まれた。
「横から押して邪魔するのウザいんだけど! これ切りなさい! そいつ殺してあげるから! むあー! こら! 邪魔! ドローンが人間の邪魔しない!」
ドローン側面の金属板をポコポコと叩くセイバー。
世界を守る魔法少女としては、まったく恰好がついてない。
なおもジタバタともがいているフィアイーターに銃口を向けている謎の部隊の人員も、半分くらいはセイバーの方を向いている。ヘルメットのせいで表情はわからないけど、呆れた顔してるのだろうな。
「ぐぬぬぬぬ……」
残りのドローンも飛んできて、なんとかセイバーを押し止めようとしていた。
ところが、ある瞬間にドローンがみんな空に飛び立ってセイバーの道を開けた。
たぶん、どこからの指示があったのだろう。ドローンは別の目標を見つけたわけでもなく、空中を浮遊している。
「まったく! 手間かけさせないでよね! お、コアは露出してるわね。セイバー突き!」
独り言を言いながら剣を突き立てると、フィアイーターはすぐさま壊れた銅像に戻っていった。
とりあえず怪物騒ぎは終わった。けど、めでたしめでたしではないな。
「さあ! あんたたちが何者か、教えてもらおうかしら!?」
「撤収!」
「あ! こら待ちなさい!」
謎の部隊について尋ねようとしたセイバーを無視して、指揮官の一言で部隊はそれぞれのトラックの中に戻っていく。ドローンも荷台に戻ったし、巨大な銃も収納された。
そして止める間も無く、トラックは走り去っていった。
一応、ナンバーはスマホのカメラに映るようにしていた。今もビデオ通話状態の樋口が見て、控えているところだろう。
「なんだったのかしら。味方、だとは思うけど」
「どうかな。それほど協力的でもない様子だ」
「だよねー。それより悠馬、お姉さん。帰りましょう。ここの人たちが集まって来てます」
「むー。仕方ない。樋口さんに調査は任せましょう。悠馬、乗って」
「あ、悠馬はわたしが運びます」
「駄目! 姉のわたしが運ぶの! あと、わたしライナーのお姉さんではないから!」
想定外の事態が起こった後でも、このふたりはマイペースだな。
「ただいまー。つむぎちゃん、具合はどう? うどんなら食べられそう?」
あの住宅街から急いで離脱して、改めてスーパーで買い物して帰宅。夕飯の他、愛奈の今夜の酒も買ってきた。
それから。
「わたしも飲むわ」
「おい。仕事は」
「いいの。所管の警察たちに捜査は任せてるから」
樋口も同じタイミングでやってきた。大量の酒類が入ったビニール袋を提げてだ。




