6-4.つむぎの家
「なによー。すごい熱なんだから、病院連れて行かなきゃ駄目でしょ? 大人のわたしがやらないと! 悠馬にはこの仕事はできません!」
「そうかもしれないけど」
「このベッド、ラフィオの匂いがするー」
「おいこら。気持ち悪いことを言うな」
相当熱があるらしく、つむぎの言動がちょっと心配になってきた。
ラフィオも同じなのか、辟易した反応を見せながらも側から離れない。
たしかに、病院で診てもらわないとな。
子供だけで行くわけにはいかないし、高校生の俺が付き添っても怪しまれる。つむぎの両親もすぐには来ない。
けど、誰か他の大人に頼めばいいだけで。
「樋口に連絡したら、すぐ動いてくれるだろ。なんなら車も出してくれる」
「そ、そうかもしれないけど! わざわざ公安の手間を取らせるほどのことじゃないわよ! たぶん! ほら。悠馬は早く学校行きなさいな。ほらほら」
「まったく……。ちゃんと病院連れて行って、看病してやれよ」
それだけ言い残して、俺は学校を出た。
「そっか。それは心配だね。昨日はあんなに元気だったのに。風邪ひくようなことしたのかな?」
遥は本気で心配しているようだった。確かに、昨日ぬいぐるみを買ってはしゃいでいた姿の落差が大きいのは気になる。
「嬉しすぎて熱が出るってこと、あるのかな?」
「あるかな、そんなこと」
「けど、良くなってほしいね。とりあえず夜はお見舞い行きますかー」
「そうだな。今日一日安静にさせれば、良くなるとは思うけど。一応、樋口には連絡しておくか」
ラフィオもついているし、そこまで心配はないだろうけど。
――――
「病院まで連れて行かなきゃいけないわね。つむぎちゃん、普段はどこに行ってるの?」
「ここの近くの、里中医院です」
「あそこか。そんなに遠くないから、車出すほどじゃないわね。診察券はある?」
「キッチンに……」
「よし、ラフィオ取りに行って。わたしはつむぎちゃんのお母さんに連絡するから」
曲がりなりにも大人な愛奈は、こういう時にどうすればいいのかは理解しているようだった。
お隣さん同士で連絡先はわかるのだろう。特に困った様子もなく電話をかけている。
「すぐ戻るからな」
「やだ。そばにいて……」
「お前のためなんだよ。わがままを言うな」
「だってー」
服の裾を掴んで引き止めるつむぎの弱々しい表情は、妙に庇護欲をかけたててくる。
「安心しろ。五分もかからずに帰ってくる。勝手にどこかに行ったりしないから」
「本当に?」
「当たり前だろ?」
微笑みかけて、つむぎの頭を撫でてやった。
モフモフ悪魔に、こんなことをする日が来るなんてな。
パジャマ姿で、フラフラの状態でなんとか外に出たつむぎは、家の鍵なんかかけていなかった。そのままお邪魔させてもらう。
御共家にお邪魔するのは、これが二度目。前は梅雨真っ盛りで、雨の中の戦いの後で風呂に連れ込まれて、学校で使っているというスクール水着のつむぎに妖精の体を隅々まで洗われた時だ。
それからあまり時間は経っていない。家の中の様子も変わっていない。
すわなち、散らかっていた。脱いだ服や集めていると思われるぬいぐるみが、あちこちに落ちている。
一応、ゴミが散乱してる様子はないけれど、部屋の隅を見れば埃が溜まっていた。
ラフィオが来たばかりの、双里家の様子を彷彿とさせた。
当然だろう。愛奈や悠馬以上に、つむぎに片付けの能力はない。そして親もほとんど帰ってこないなら、こうなる。
いつか、片付けてやらないとな。
床には埃。壁には油跳ね。シンクには水垢が目立つキッチンへ行き、棚を探る。お目当てのものはすぐに見つかった。
かかりつけの医院の診察券。すぐにつむぎの所に戻っていく。
「つむぎちゃん。立てる? 今からお医者さん行くわよ。ほら、ラフィオに掴まって」
「なんで僕なんだ」
「体格が近いから」
「……わかったよ。ほら、肩を貸してやる。病院の場所は知らないから、教えてくれ。あと鍵をかけないと。つむぎ、お前の家の鍵はどこだ?」
「玄関の靴箱の横にひっかけてる……」
「わかった」
ふたつの家のドアにしっかり戸締まりをした上で、パジャマ姿のままのつむぎを連れて外に出る。ラフィオは少年の姿の私服で、愛奈は出勤するつもりだった時のスーツのまま。
パジャマなんて、近くの病院に行く病人以外には許されない恰好だな。
「この時間に健康な子供が学校にも行かず外に出てたら怪しまれるから、病院に着く前に妖精に変身しなさい」
「わかってるよ。こういう所は意外に頭が回るんだよな」
「なによ。普段は馬鹿って言いたいの?」
「いや、別に。褒めてるんだよ」
悠馬と違ってラフィオには、愛奈への気遣いの心が多少はあった。
「ねえラフィオ。寒い」
「風邪ひいてるから寒気がするんだろう。歩けるか?」
「うん。大丈夫……」
ふたり、密着しながら並んで歩く。つむぎが一方的に肩を借りて、体重を預けている形だ。
彼女の荒い吐息が感じられる。
「えへへ。ラフィオって、力強いんだね。それに、わたしより大きくて、好き……」
「そうか」
いまさら何を。こいつが変身さえしてなければ、僕の方が力は上だ。つむぎ自身よくわかってるはずのことだ。
「頼れる男の子、格好いいよね……」
「わかったから。静かにしてろ」
「うん……」
こちらへの好意を隠さず伝えてくるつむぎは、熱があるのもあって普段よりも艶っぽく見えて。
そんな場合じゃないと、ラフィオは気まずくなって目を逸した。




