5-53.雨の中をダッシュ
実際に透けてるかどうかは別として、俺は思わず目を逸らしてしまって。
「あー。悠馬ってば、わたしが気づくまで透けてた服を見てたなー?」
「なんでそうなる」
「それに、わたしがキックした時もしっかり見てたでしょ。ハイキックとかしてたし、もしかしてわたしのパンツ見えたりしないか期待してたとかかなー?」
ニヤニヤしながら俺の顔を覗き込んでくる。
まったくこいつは。
「もー。悠馬も男の子なんだからー。どうしても見たいっていうなら、お願いしたら見せむぐっ」
「馬鹿なこと言ってないで、敵は倒したんだ。ここから逃げるぞ」
「むうー!」
「あと、下手な色仕掛けで俺を誘惑するの、姉ちゃんみたいで馬鹿馬鹿しい」
「むむ。それはよくない。愛奈さんと同じやり方と言われると、たしかに馬鹿っぽくなる」
「まあ、お前も別の方向の馬鹿だとは常々思ってるけどな」
「ちょっ!? 悠馬それどういうことかな?」
「愛嬌があって可愛いってことだ」
「かわっ!? そ、そっかー。なんだそういうことか。もー、悠馬ってば正直なんだからー」
やっぱり馬鹿だよなあ。
「悠馬。怪我人がいるんだけど、どうする?」
剛が遠慮がちに声をかけてきた。
「怪我人?」
仲間の誰かかと身構えたけれど、そうではなかった。
「女性が倒れている。ええっと、さっき車椅子の女の子に詰め寄った男女のうちの、片方だ。坂本……」
「真亜紗か。生きてるのか?」
「そう、彼女だ。生きてるよ。鼻と両足が折れているけれど、大した出血もしていない」
「樋口。敵は倒した。俺たちは逃げる。後は頼んでいいか? 坂本真亜紗が命に別状はない程度の大怪我をしている。救急車を呼んでくれ。あと、豹介は死んだ」
倒れた真亜紗の様子と、ついでの豹介の死体を確認しながら電話をかける。
こんな人間のクズに時間を取られたくない。特に、雨に降られ続けている状況では。
『そう。わかったわ。豹介のスマホは潰れてない? 可能なら回収して』
「いいけど、どうしてだ?」
『彼の仕事がわかったわ。闇金で働いて、主に取り立てを担当してたって。通話記録とか仲間の連絡先が残ってたら、然るべき担当に回して検挙に繋げる』
「わかった。後で渡す」
闇金か。今どきそんなものあるのか。あるんだろうな。
奴のズボンを改めて、スマホを取り出した。画面に少しヒビは入っているけれど、パスワードを入れろの画面は表示された。
パスワードが何なのかを解明するのは警察の仕事だな。
「みんなー! タオル買ってきたから使って! というか早く屋根のある所に移動しなよ!」
公園の前に、愛奈の会社の社用車が停まり、中から麻美が呼びかけてきた。そうだな。雨の中、みんな揃って突っ立ってるのは馬鹿みたいだ。
「みんな、ニコニコ園まで走るぞ! 遥、車椅子押してやる。あと剛はさっさと着替えろ」
「これだけ濡れたら、服を脱ぐのにも一苦労だね」
「わざわざ女装に着替えてまで戦う意味、どこまであるんだ?」
「これは僕のポリシーなのさ。麻美さん、車の中で着替えさせてください。タオル、いただきます」
「ラフィオはわたしの服の下に入っていいよ!」
「いや、入れてもらっても、その服もずぶ濡れだからあんまり意味がないというか……」
「でも、わたしはラフィオのモフモフを身近に感じられます! ほら!」
「外で服をめくり上げるな! お腹を出すな! みっともない!」
「えへへー。でもラフィオも濡れててモフモフ感なくなってるね! 後でお風呂入れてあげるね! それからドライヤーで乾かしてブラッシングもして、ふわっふわのモフモフにしてあげるね!」
「お前はそればっかりだな!」
「一緒にお風呂入るの、楽しみだね!」
「入らないからな!」
「なるほど……このまま用事を済ませて急いで家に帰ったとして、わたしと悠馬が別々にお風呂に入ったら後回しにされた方が冷えて風邪をひいちゃう……」
「おい姉ちゃん。また馬鹿なこと考えてるんじゃないだろうな」
「馬鹿なことじゃないわよー。愛する弟と一緒にお風呂に入る方法について真剣に考えているのです! 馬鹿どころか、ここ数年で一番頭使ってるわよ!」
「仕事で頭使えよ!」
「とにかく、本来の用事を早く終わらせないとねー! さあ、行くわよ!」
「おい待て!」
ニコニコ園まで走っていく愛奈と、それについていくつむぎ。ラフィオはつむぎの服の襟から顔を出して、憮然とした表情をしている。麻美と剛は車での移動だ。そして俺はといえば。
「さ、悠馬行こうか。傘壊れちゃったんだっけ。急ごう! ダッシュだよ!」
「車椅子押してダッシュっていいのか?」
「今日だけはいいんです! ひゃっはー!」
公園の隅に隠されていた車椅子に乗った遥が愉快そうに煽り、俺はそれに従って走った。
別に、雨の中を全速力で走るのは好きじゃない。けど遥が楽しそうなのは好きだった。
「お世話になります。園長先生、実はわたしの仕事は金属加工道具の営業でして。更紗さんの車椅子が壊れたと聞きましたけれど、良かったら見せてもらえないでしょうか。直せそうならお手伝いできますし、すぐには無理でも業者を紹介できますので」
営業モードの愛奈が園長に話しかけていた。社会人っぽい話し方をしているのはいいとして、雨でずぶ濡れな姿に園長は戸惑い気味だった。
それでも申し出はありがたかったのか、駐車場のワゴン車まで愛奈と麻美を案内していた。
「あー。なるほど。普段から雑に扱ってたから、車輪をつなげるシャフトが曲がり気味になってたんですね。で、倒れた衝撃で完全に折れ曲がってしまったと。麻美、これ用意できる?」
「できますよー。同じ太さのステンレス棒を用意して、長さを調節して交換すれば終わりです。ベアリングは問題なさそうですし。グリス差すべき場所もなさそうですね。ホームセンターで買えますよ。単純な材料ですし」
どうやら、予想外にあっさり解決できそうだ。




