5-49.土砂降りの中で
雨はすぐに土砂降りになった。先生たちが子供たちを引き連れて公園から逃げ出していく。
更紗は? 端の方にいた彼女は、先生から存在を忘れられたわけではないにしろ、離れた場所で孤立してしまっていた。黒タイツも公園中に散らばっているから、近づけない。
近くにいるのは、彼方と母親と豹介。
「い、いやぁ!」
母親は、狼狽えながらも悲鳴をあげて真っ先に逃げようとして、黒タイツに行く手を阻まれていた。
助けてと叫んだように見えたけど、その最中に黒い拳が彼女の顔面に刺さった。
「おごっ」
昏倒した母親の生死なんかわからない。誰も気にしていないだろう。付き合っているという豹介さえも、助けようともしていなかった。
黒タイツは倒れた母親の腹部を何度か蹴ってから、体に馬乗りになった。
体重をかけながら、髪を掴んで思いっきり引っ張りあげていた。ブチブチと髪が千切れる音が、雨音に混じって聞こえる。
この女に何の同情心も持っていないけれど、仮に死んでしまえば少しは心が痛むだろう。目の前で実の母が死ぬことに、更紗も何らかのショックを受けるかもしれないし。
だから黒タイツのみぞおちを殴って体勢を崩しながら、握ったままのビニール傘で奴の喉を突く。
やはりとどめを刺す暇を惜しんで踏み込んだ。更紗の後ろから迫る黒タイツを見つけたから。
傘を軽く放り投げて持ち変える。先端を握ってフックになっている持ち手で黒タイツの首を引っ掛け、引き倒した。
そいつを踏みつけて動きを止める。別方向から黒タイツがもう一体襲ってきたから、片手でナイフを抜いて首を狙って突き刺した。
「おい。お前!」
「は、はい! ……あの。どこかでお会いしたことが」
「ない」
彼方に話しかけたところ、俺の声とか口調と似てると感じたのかな。俺だとは思い出してはいないようだけど、少し声を低くして誤魔化した。
「その車椅子の子を連れて逃げろ。公園の外まで守ってやる。その後は、あの子供たちについていくんだ」
「え、あ。はい! 行こう、坂本さん!」
「あ、うん…………ありがとう」
「! どういたしまして!」
まさか更紗からお礼を言われるとは思わなかったのだろう。更紗も、少し恥ずかしそうに小さな声で言っただけ。
それで十分だった。
「押すよ。ちょっと揺れても我慢してね! 覆面さんお願いします!」
「ああ! 急いでくれ!」
倒れた黒タイツの腹を思いっきり傘で突き刺しながら、彼方の動きを見る。別の黒タイツが襲いかかって来るのが見えた。
急いでそっちに駆けつけようとして。
「おい! 俺も守れよ!」
腕を掴まれた。豹介だ。
なんだよ。守ってやってもいいけど、邪魔はするな。
「お前は自分の足で逃げられるだろ」
「む、無理だ。運んでくれ。運べよおい!」
ざあざあと降る雨音に負けないくらいの大声での要求。そんな彼を見れば、体がガタガタと震えていた。足も笑っていて、立っているのがやっとという様子。
威勢がいいのは声だけか。怪物が出た当初からそんなのだから、逃げることも、付き合ってる女やその娘を守ることもできなかった。
「おい! お前ヒーローなんだろうが! 俺を守るのが役目だろ! さっさとしろよノロマがっ!?」
言葉の途中で、豹介の頭が黒タイツに掴まれるのが見えた。情けない悲鳴をあげながら体をジタバタさせて、なんとか逃れようとしている。
こんな嫌な奴でも助けないといけないのか。でも彼方たちが。
「危ない! ゆ、覆面男さん下がって!」
迷いを中断させるようなセイバーの声。咄嗟に数歩後退ると、目の前に滑り台のフィアイーターが倒れ込んできた。
俺はなんとか避けられたけど、豹介は黒タイツごと滑り台の頂点部分の下敷きに。黒タイツは即死したのか消失していくけど、豹介はそうはいかない。
下半身が完全に押しつぶされていた。
「がはっ。だ、だずげ、ろ」
口から血を吐きながらそれだけ言って、力尽きた。
これは死んだな。
「大丈夫!? 怪我はない!?」
「ない!」
少なくとも俺は。駆け寄ってきたセイバーに返事をする。
豹介をちらりと見る。セイバーも死体に気づいて息を呑んだ。
「気にするな。偉そうに俺に突っかかって来なければ死ななかった命だ」
「でも」
「むしろ、死んだほうが更紗のためになる」
血の繋がった母ならともかく、こいつは本当に生きる価値がない。
「そ、そっか。でも悠馬危険な目に遭わせちゃった! ごめんね! なんか今日、剣の切れが悪くて。鉄の棒を振り回してるみたいで、こうやって押し倒すのがやっとだったの!」
「わたしもです! 矢を作るのに時間が掛かってます!」
ジャングルジムの上に陣取って黒タイツたちを狙い撃ちしているハンターも、困惑気味に呼びかけている。
原因はわかっている。光がないからだ。夕刻で街灯や家々の明かりはまだついていなくて、雨模様の空からは日光も来ない。ならば魔法少女の武器の力が弱まるのは必然だ。
あんまり意識したことはなかったけど、彼女たちは光の魔法少女なんだ。
だったら、光の強弱に左右されない俺が頑張らないと。
「セイバーは倒れたフィアイーターが起き上がらないように攻撃を絶やさないでくれ。ハンターはその援護」
そして俺は、彼方たちの方に向かった。豹介が原因で、彼女たちを守るという約束から目を離してしまった。




