5-48.滑り台の怪物
更紗はひとりで過ごしていた。
その表情は、どこか寂しそうで。仲間の輪に入れないでいることは間違いなくて。
「うん。不機嫌そうな顔してないだけ、上出来だね!」
遥は、俺よりは前向きな感想を抱いていた。
「それに、スマホを見て自分の世界に入り込んでるわけでもない。他の子供たちを見てる。うん、良くなってる」
「そうか。じゃあ遥が説得すれば、少しは――」
言いかけて、異変に気づいた。
更紗に近づく大人がふたり。真亜紗と豹介だ。
子供たちの群れに煩わしそうな顔を向ける彼らは、眉間に皺を寄せて機嫌がいいとは言えない様子でズンズンと歩いていて。
「更紗! 帰るぞ! 手間かけさせやがって!」
豹介が恫喝するような声を出した。それに、子供たちの動きが止まった。
園の先生たちは、警戒する視線を向けている。けれどこの男女が更紗の保護者なのは間違いなくて。対応に困っていることだろう。
俺たちが出るべきだ。そのためにいるのだから。
「待って!」
だけど、俺より先に動いた者が。
別の方向から公園まで来たのだろう。彼方が飛び出して、更紗の前に立ちふさがった。
「待って! 今は、坂本さんに関わらないで」
「てめぇ……舐めやがって!」
昨日、言い返された子供が再度反抗してきた。その事実に豹介は激高した。
こういう人間って、舐められて自分のプライドが傷つけられたと認識するのを、人生で最も悪い出来事と考えているのだろうな。
ものすごい怒りだ。
「彼方! 悠馬、行こう!」
「ああ。急ごう」
遥の車椅子を押して公園に入る。
その時、何事かと様子を伺っていた子供の中に、ひとりだけ例外がいたのを見た。
「あら。なにか面白そうなことが起こってるわね。子供たちを襲えば恐怖が集まるって思ってたけど、既にみんな怖がってるじゃない」
キエラがいた。
彼女は公園の一角にある滑り台に近づくと、手を触れる。
フィアイーターが生まれる瞬間を、子供たちの多くは見ていなかっただろう。けど、すぐに気づくことになる。
「フィアアアアァァァァ!」
滑り台の頂点である平面部の側面から両腕が生えている。頂点の下から支柱が二本出ているのが、足に変化していた。
周りに黒タイツも大量に現れる。元凶のキエラは、雨が降るのを気にしているのかすぐに帰ってしまった。
怪物の出現に、公園内は大混乱に陥る。大人たちが子供たちを避難させようと慌てていた。
「よし。達也、俺の肩を離すなよ。避難訓練の通りにやればいいからな」
足を引きずってる、ちょっと生意気な少年の克彦が、目の見えない親友の避難を助けている。見れば、車椅子の仲間を押してやる者もいた。
更紗はどうだ? 彼方も、前に立つ保護者を名乗る豹介たちも突然の出来事に狼狽えていた。
襲われる前に助けないと。遥の車椅子から部品に偽装したナイフを取り外しながら指示を出す。
「遥、つむぎ。隠れて変身してくれ。ラフィオ行くぞ」
「ああ。さっさとあいつを倒してしまおう」
つむぎの手から逃れたラフィオが巨大化。それに隠れながら、俺は鞄を落して覆面を被る。
「よし、つむぎちゃんあそこの木の陰に。先輩、車椅子をどこかに移動させてください」
「僕も戦うよ」
「そ、そうですか! では近くまで麻美さんが来てるはずなので、連絡してそっちに預けてください!」
「わかった!」
「ダッシュ! シャイニーライナー!」
「デストロイ! シャイニーハンター!」
覆面を被った俺がちらりと見ると、魔法少女ふたりが変身しているところだった。
「闇を蹴散らす疾き弾丸! 魔法少女シャイニーライナー!」
「闇を射抜く精緻なる狩人! 魔法少女シャイニーハンター!」
魔法少女たちもすぐに戦線に入るだろう。俺は少し先駆けて公園に入り、黒タイツを走る勢いに乗せて殴り倒した。
とどめを刺すよりも、子供たちの安全を確保したい。特に自力で逃げられない更紗の。だから、そちらに真っ先に向かった。
不意に、肩に軽い感触。後ろから襲われたかと思ったけど、違った。大粒の雨が空から降ってきただけ。
このタイミングでか。
――――
「麻美急いで! なんか遥ちゃんの車椅子回収してほしいってメッセージが!」
「了解です急ぎます! でもここ住宅街で速度出せないんです!」
「住宅街って嫌い!」
「というか、先輩が変身して直接走った方が早いのでは!?」
「魔法少女には速度制限は適用されないものね! ちょっと待って人がいないのを見計らって……今!」
社用車を運転していた麻美は、周りに人がいないのを確認してブレーキを踏む。まだ勤務中であり、社用車での違反行為は避けたい自体だ。
愛奈が即座に出て、スーツの裏のブローチを手にして叫ぶ。
「ライトアップ! シャイニーセイバー!」
その変身をろくに見ないまま、麻美は車を発進させた。
「闇を切り裂く鋭き刃! 魔法少女シャイニーセイバー! よーし、悠馬待っててね! すぐ助けに行くから!」
降り出した雨に負けない声で、先輩は気合いを入れると公園の方に走っていった。
麻美も、社用車で事故らないように安全運転をしながら、できるだけ急いで車へと向かった。




