5-45.ひどい男
「ちょっと。気になるじゃない。なんなのよ」
「後で教えてやるから」
「なんで後なの? 樋口さん」
「後でね」
「ふたりだけずるい!」
愛奈と遥が不満そうにしている。
このふたりには、別に伝えてもいいとは思うけど。ラフィオとつむぎが駄目なだけで。
それより問題は。
「母親は、その……豹介だっけ。過去の罪は知ってるのか?」
「知らないでしょ。知ってたとしても、罪の内容までは聞かされてないか、誤魔化してる。知った上で交際をしてるのかもしれないけど」
あまり考えたくないよな。
あの男は、母親よりも中学生の娘である更紗目当てで近づいた可能性が高い。義理の親子関係でもないし同居もしていない今の状態では、手が出せないのだろう。
障害者の家族になって、世話をすることが煩わしいから、あの男が結婚を躊躇っているのかもしれない。
相手が障害者というのもあって、良心の呵責に悩んでるって可能性もある。とはいえそこまで強い良心があるなら最初の犯罪もしないわけで。いつか良心が欲望に負ける日は来るはず。
問題は母親の方だ。
休日のたびに派手な格好をしているのは、豹介って男とデートするとかなんだろう。邪魔な娘は施設に押し付けているのだから、愛情は特にないのかも。
男に惚れていることは間違いないのだろう。金目当てだとしても、結婚は望んでいる。
豹介の犯罪歴を知っていて、本当の目的が更紗なのをわかっていて交際を続けている可能性を否定できない。もしそうなら、最悪の母親だ。
なにより、更紗の身が危ない。母親から疎まれて、今は別の家に保護されているのは幸いだった。
明日からどうなるかはわからないけど。
学校から坂本家に、娘を引き取れと連絡が行くだろうし。園長先生がどうするかはわからないけれど、ずっと面倒を見るわけにもいかない。
「遥。とにかく、あの母親と豹介って男は更紗を傷つける危険しかなってことだけ理解しててくれ」
「うん。それは間違いないけど。わかってるけど」
「更紗を、あいつらの家に戻すわけにいかない」
「うん。どうするの?」
「……わからない」
俺には答えられなかった。
中学生の帰る場所は親の家だ。それが当然だ。
遥も愛奈も、何も言えなかったのか沈黙している。ラフィオとつむぎも、話が見えて来ないながらも気を使って黙っている。
「まったく。わたしがなんとかするわ」
こういうのに一番慣れてそうな樋口がため息混じりに引き受けてくれた。
「要は、あの家で更紗に対する、モラル的にまずい行為が行われていればいいのよね。盗聴と盗撮で、なにか見つけるわ。判明したら、近隣住民の通報なんかで警察が踏み込む。そうやって坂本更紗を守るの」
「守ってくれるのは嬉しいけど、更紗が危険な目に遭うのは」
「ええ。わかってるわ。未然に防ぎたいわよね。けど、警察っていうのは基本的に事後で動くしかないの」
「……」
「あなたたちは先手を取って動くこともできる。それを忘れないで。あなたたちから、更紗に接触して説得しなさい。親元には絶対に帰りたくないと言わせるの。……もし、虐待の兆候なんかがあれば聞き出して」
それができればいいんだけど。
「わかった。やろう、悠馬。園長先生の所にいるなら、明日の放課後はきっとニコニコ園にいる」
「……そうだな」
「虐待とかはよくわからないし、証拠なんかないかも。けど、とりあえず更紗ちゃんの希望は聞くことができるよね」
その通りだ。
もし、俺の忠告で更紗が少しでも他人を顧みる人間になってたなら、この前とは少し違った会話ができるかもしれない。
やってみる価値はある。
「行くか、遥」
「うん。お姉さんも来ますか?」
「お姉さん言うな。……まあ、仕事に余裕があればねー。車椅子の修理の件もあるし。園長先生と話したいわね。麻美を連れて行ってみるわ」
「お仕事として行くんですか?」
「麻美次第。ボランティアでやるとしても、直すのは彼女だから。その負担次第です! まあ、予算の限られた福祉施設からお金取りたくない気持ちは、きっと麻美も同じだろうけどね」
そこは、修理の大変さ次第か。
「ねえ。つむぎちゃんたちも行かない? ニコニコ園。きっと楽しいよ」
「モフモフはいますか?」
「さー。どうかなー? 玩具の中にぬいぐるみはいたと思うけど」
「ラフィオ、どう思う?」
「行こう。なにかの形で、遥の手助けができるかもしれない。遥もそれを期待して誘ったんだろう?」
「まあねー。向こうの子供たちと仲良くなる、こっち側の子供は多いほうがいいし! 更紗ちゃんだけじゃなくて、子供たちにも楽しい思い出作ってほしくて!」
遥はあそこの子供たちに、少しの後ろめたさがあったのだと思う。
妹と更紗が喧嘩して暴力沙汰になったのは、自分のせいだと。それで傷つけたのは当人たちだけではなく、ニコニコ園の児童たちもだ。
楽しい場所に水を差されたわけだから。
だから、あそこに訪問するのは罪滅ぼしの意味もある。テレビの取材で一度言って終わりにはしたくないって意味もある。
遥自身が、障害というものにより向き合いたい故の提案だ。
「決まりね。わたしは引き続き、あの家の動向を探るわ。なにかあったら、すぐに連絡する」
「ねえ樋口さん。結局、あの男の前科ってなんだったんですか?」
遥が、どうしても知りたいと食い下がってきた。樋口は少し困った様子を見せて。
「更紗みたいな年齢の女の子に対する暴力よ。大の大人がやったから、犯罪になったの」
「あー……」
なんとなく察したのだろう。遥の表情が険しくなった。
あの、無礼で可愛そうな少女を絶対に救わないと。そんな決意が見て取れた。




