5-44.更紗の家族
あの園長は、少なくとも人格者だ。更紗を園として迎え入れて、その性格に戸惑いながらも拒絶はしなかった。
「その家で居心地がいいかは、あの子自身の問題ねー。ねえ、捨てられたっていう車椅子はどうなったの?」
「一応、園長が引き取ったそうよ。あの人も修理の伝手はないでしょうけどね。業者に依頼するにしても、お金がかかる」
「姉ちゃん」
「うー。だから、状態を見ないとわからないのよ。まあ、やろうと思えば直せると思うけど。麻美がね。即座に捨てようって思わない程に原型を保ってるなら、数日でできると思うわ」
「そっかー。直してあげたいね。お姉さん、なんとかしたいです」
「手伝えるものならやるけど、いいの? わたし、園長先生とはこの前もほとんど会話してないわよ。テレビ局の名もなきスタッフだって思われてるかも。で、実は金属切削に詳しい人だって明かして修理させろって? うー……」
「お姉さん営業じゃないですか。それくらいできるでしょう?」
「やれなくはないけど……あとお姉さんじゃ……」
言い返そうとした愛奈は、遥の真剣な表情を見て言葉に詰まって。
「わかったわよ。あなたが一緒に来てくれれば、話もスムーズにいくでしょ。明日の夕方、一緒に行くわよ。ニコニコ園に」
「! ありがとうございます!」
「ニコニコ園なのか?」
「ええ。あの、人の良さそうな園長先生のことだから。家で世話する以上は、園でみんなと仲良くしなさいって言うでしょうから。放課後、あそこにいるでしょ。その時、遥ちゃんも会いに行きなさい。わたしもその付き添いで園長先生に話すから」
なるほどな。
更紗はいるだろうな。ニコニコ園に。
「それ、俺も行くことになるよな?」
「ええ。当然ね。守ってやりなさい。遥ちゃんも。更紗って子もね」
「わかったよ」
あいつが本当に変わったのか、俺も確かめないといけないからな。
「あなたたちの方針が決まったなら、わたしの調査結果は伝えなくていいかしら。坂本更紗が家に帰らなくて良くなったなら、家の情報はいらないわよね」
「いや、それは教えてくれ」
永遠に園長の家にいるわけにもいくまい。いつか、正式な住処に落ち着く必要が出てくる。どこなのかはわからないし、それを俺たちが探せる見込みはない。
でも、情報は多い方がいい。俺も遥も愛奈も、樋口の方を見る。ちびっ子たちは、お互いの動向を警戒し合っている。お前たちも行儀よく食べなさい。
「坂本更紗の旧姓は遠藤と判明したわ。離婚は二年前。更紗の発症の前で、別れた原因は調査中。けど、どうも奥さんの方の浮気が原因らしいわ」
「あの女、終わってるな。人間性が」
「ええ。わたしもだいたい同じ意見。更紗と父親の親子関係は確認できているけれど、真亜紗の男遊びが激しすぎて、婚姻関係の継続は無理って判断したらしいわ」
「それで、更紗は母親の方に引き取られた? あんまり親としてはふさわしくなさそうな方に?」
「親権ってのは、母親の方が取りやすいものなのよ。娘も、父より母の方が良かったんでしょう。離婚当時は小学生六年生。それも、まだ体に何の問題も出ていなかった。難しい年頃らしいわね。男親を選ぶのも考えづらいわ」
そういうものだよな。
離婚して父親が子供を引き取って、挙げ句にフィアイーターになった例は知ってるけど、あれは極端なものだ。
「真亜紗は、当時から付き合っていたあの男の金をあてにしていて、元夫からの養育費の受け取りを拒否。完全に関係を断った上で、少し待ってから再婚する予定だったの。今も男から金を受け取って生活していて、働いてない。内縁の妻って言うべきかしら。住居は別々だけどね」
その待っている間に、更紗の病気が発覚してしまった。
男と付き合うのに娘は邪魔なのかもしれないけど、そこまで手がかからなくなってきた年頃だ。
世間体とかもあって、更紗を手元に置きたかったのだろう。娘さえ味方についていれば、周りに離婚の原因は追い出した夫だと喧伝できる。
まさか、とてつもなく手がかかる子になってしまうのは予想できなかった。
真亜紗の側も、娘を煩わしく思っている。世話を焼きたくはないから、休日はさっさとニコニコ園に押し付ける。学校への送り迎えも、嫌々やっている。
さっき校長室で、彼方に娘の世話を今以上にさせる方針で決着をつけようとしていたのも、そういうことだ。
「相手の男ってのは?」
「鳥井澤豹介。三十八歳。ちなみに真亜紗と同い年よ」
中学生の娘がいる年齢としてはおかしくない。真亜紗と夫婦を装うのも自然。
「前科者。今の仕事は不明だけど、やっぱり犯罪の臭いがするのよね」
「マジか。ヤクザとのつながりは?」
「確認中。そいつの動向を探らないとわからないわ。けど、あからさまな恫喝なんなするのだから、ヤクザじゃないことは確かよ。もしそんなことしたら、一発で逮捕」
「逮捕されてくれねえかな」
「そう簡単にはいかないわよ。どう見ても半グレっぽいから、犯罪の証拠を見つけたら検挙してあげる。お金は持ってるらしいのよね。更紗の障害が見つかって、車椅子ごと運びやすい車を買ったのは、あの男よ」
「で、ヤン車仕様に改造した」
「それは真亜紗の趣味かもしれないけどね。とにかく、そんなに稼いでなさそうな男が稼いでるなら、真っ当な手段じゃないってこと」
「ちなみに前科って?」
「二十代前半の頃、婦女暴行で捕まってる。……ちょっと」
「なんだよ」
樋口が俺の手を取って、食卓から少し離してから他に聞こえないように耳打ちした。
「中学生の女の子をさらって自宅に連れ込んで、服を脱がせて……後はわかるでしょ? 婦女暴行及び強制わいせつ罪で検挙されてるのよ。しかも子供相手の」
「あー」
女子供には聞かせたくないのか。特にちびっ子たちには。




