5-40.助けてもらったら
更紗にとっては、あまり好ましい相手ではないのが伺えた。
「だとしても、友達がいれば助けてくれたんじゃないか?」
「友達なんて、いない」
「作ればいいだろ。お前が、もっと態度が良くなれば出来る」
「そんなこと言われても。どうしたらいいのか」
「簡単なことから始めてみろ。助けてもらったときは、なんて言うんだ?」
「……」
「ありがとう、だろ。言ってみろ。言うだけだから」
「……ありがとう」
「どういたしまして。これを繰り返せば、ちょっとは周りの目も良くなるだろ」
「どうかな」
「やってみないとわからないからな」
一階に降りた。黒タイツも一階の駐車場側から侵入してるわけで、遭遇する危険は一気に高まる。
事実、足主が聞こえてきた。敵だと考え、一旦更紗を降ろそうとしたところ。
「坂本さん!」
更紗の名を呼ぶ声。そして、複数の教師が駆け寄ってきた。足音は彼らのものだったか。
避難先の校庭で生徒たちの点呼を取って、いない生徒が判明したから決死隊が捜索に来たとかかな。少なくともひとり、俺の腕にいるわけだし。
俺を警戒しているようにも見えたけど、魔法少女と一緒に戦っている覆面男なのも認識しているのだろう。ゆっくりと近づいてきた。
「この子を頼む。怪我はしてないけど、車椅子が壊れて動かせなくなっていた」
俺が更紗を受け渡せば、男の教師が大事そうに抱え上げた。この先生はよく知っている。正義感の強い人だ。
「怪物本体は魔法少女のひとりが押さえているけど、黒タイツは校舎内にいるかも。避難場所まで一緒に行ってやる」
「あ、ありがとうございます。こっちです。行きましょう」
「ちょっと待ってくれ」
踵を返そうとした教師を、更紗の肩を掴んで止めた。
「先生たちは、お前を探しに校舎まで戻って来たんだぞ。怪物がいるかもしれない場所にな。こんな時、なんて言うんだ?」
「…………。ありがとう、先生」
「よくできました。行こう」
たぶん、更紗の態度は校内でも知られているのだろう。それが、小さな声とはいえ感謝の言葉を口にしたことに、教師たちはかなり驚いているようだった。
「フィー!」
「また来たか。下がってろ。あと、それを貸してくれ」
「は、はい!」
「ありがとな」
教師のひとりが、不審者対策として用意されていたらしい刺股を持っていた。それを受け取り、廊下の前方から迫ってくる黒タイツに向ける。
俺の方からも軽く走る。廊下を走ってはいけないって決まりは少しだけ忘れよう。
両者の距離は数メートル。それが一気に縮まる。お互いに激突するような軌道だったけど、俺は突然動きを変えて黒タイツを避ける位置に。
ついでに向けていた刺股も、廊下を塞ぐように横向きに持ち直して、踏ん張る。
「フィッ!?」
黒タイツは刺股の柄にぶつかって倒れる。その胴を刺股で抑えて体重をかけて動けなくした上で、しゃがみ、首にボールペンを刺した。
「行こう」
「はい! 外はもうすぐです!」
知ってる。すぐそこに下駄箱があって、そこから校庭まではすぐに行ける。
更紗たちを送り届けた後は、駐車場に向かおう。
――――
「この! 蹴らせてよ! ちょこまかと! あっ! こら先生の車壊さない!」
フィアイーターはバネで駐車場の中を跳ね回っては車を破壊していた。
巨体故に校舎に突っ込むのは難しそうだ。バネ含めた高さが廊下の天井よりちょっと高いし。けど、校舎にも体当りして窓ガラスを割り、そこから黒タイツが何体か侵入。
ライナーも奴らを蹴り殺してはいるけど、フィアイーターに邪魔されて全ては阻止できない。
そしてフィアイーター自体を倒そうにも、絶えず跳ね回って対空時間の長いフィアイーターを蹴飛ばすのは困難だった。ちょこまかと動き回っているし。
ボヨンボヨンと、バネの音がやたら大きく聞こえるのも苛立ちを加速させる。
「もうっ! 相性悪すぎ! こんな時こそハンターにいてほしいのに! つむぎちゃんはたぶん授業中だよね!」
あの子はあれでいて真面目なんだ。授業を抜け出して駆けつけるなんかしない。わたしと違って!
自分なら正反対の行動をするだろうなあと考えながら、ライナーはフィアイーターを追いかけ回していた。
これでも母校で、妹の学び舎だ。あまり被害を拡大させたくない。
「待たせたわね!」
すると、屋上から声が聞こえた。セイバーだ。
「どうやら苦労してるようねー。やっぱりライナーひとりじゃフィアイーター倒すのは大変かー」
「うるさいですよお姉さん! さっさと降りてきて戦ってください! あとパンツ見えてます!」
「ちょっ! 見ないでよ変態!」
「でも、これが悠馬だったら?」
「恥ずかしくないのよねー、これが。やっぱり姉弟だから?」
「悠馬の方が恥ずかしがりますよね! というか! 早く降りてきてください!」
慌ててスカートを押さえたセイバーは、こっちの様子を見つめるばかり。なにしに来たんだ。
「ふふん。タイミングを見極めてるのよ」
「タイミング?」
「ライナー! フィアイーターを壁まで追い詰めなさい!」
「わかりましたよ! やりますよ!」
好き勝手に跳ねまわっているフィアイーターだけど、ライナーは着地点に先回りして動く。足の速さには自身があった。
問題は、着地の瞬間に蹴ろうとしたら、奴はバネを空中で伸縮させてタイミングをずらしてくること。おかげで何度も空振りをしている。
ある程度自分で伸び縮みさせられるバネってなんだ。卑怯じゃないか。




