5-34.ズル休み
テレビのスタッフって暇なのかな。特に澁谷は視聴者から一番見られるアナウンサーなのに。そんな急に取材を入れるとか可能なのだろうか。
学校側がテレビカメラに舞い上がって了承してしまうのは、まあわかるんだけど。今朝も生徒指導の先生は気合いを入れて校門の挨拶をしていたし。
「事件があれば急遽取材に行くことはあるから、融通は効くのよ。マスコミってそういうものなの」
「なるほど」
相談した際、訊いてみたらそんな答えが返ってきた。
余計な荷物は教室に置いて、澁谷の待つ校舎裏にふたりで向かった。
「遥ちゃんたちを預かりつつ、先生たちにも取材はするつもりだから、わたしたちとしても素材が増えて得はあるのよ」
「先生に取材?」
「車椅子の生徒を受け入れるにあたって、普段心がけていることはないか、とかのインタビュー」
ああ。そういうのをドキュメンタリーの途中に挿入するの、イメージできるな。
「担任の先生と校長先生と、あと陸上部の顧問の先生。それから生徒指導の先生にもアポは取ったわ。ふふっ。あの先生、張り切ってたわね」
「お堅いように見えて、意外にノリノリなんですよね、あの先生」
「遥。そろそろ行くぞ」
「あ、うん。じゃあ澁谷さん。わたしの車椅子、車の中に隠しててくださいね。行ってきます!」
遥は車椅子から降りて、松葉杖を手にして数歩歩いてから、それを俺に手渡し魔法少女シャイニーライナーに変身。
フィアイーター関係なしに、完全に私用で変身している。
「さ、行こっか! 悠馬、抱っこしてあげる!」
「いや、背負ってくれ」
松葉杖を折りたたみながら、断固として言い切った。またお姫様抱っこされる気はない。するのもされるのも、こりごりだ。
「むー。しかたない。ほら、しっかり掴まってね」
「肩にな」
「胸に手を回してもいいよ」
「やらないから。急いでるんだろそんなこと言ってる場合か」
「はーい」
俺を抱えたライナーが高く飛び上がり、中学校の方まで家々の屋根を伝いながら走る。
位置はよくわかっている。俺も遥も通っていたからな。
中学校の屋上に、無事に着地。俺はポケットから出したイヤホンを耳に入れて、もう片方をライナーに渡す。
「えへへっ。イヤホン半分ことか、恋人って感じだね」
「盗聴器の音を聞くって状況で呑気だな」
「それはそれ。これはこれだよー。ところで使えそう? この盗聴器」
「いけた」
「おー。聞こえる聞こえる」
『先生、そもそも娘がこういう状態になっていること、保護者の私たちに伝わっていないこと自体が問題だという認識は――』
雑音混じりながら、俺の耳に遥の父親の声が聞こえてきた。
「盗聴器、彼方のどこに仕掛けたんだ?」
「制服のリボンの裏。朝、曲がってるよーって声をかけてつけたの。軽いから、触ったりしなければバレないよ」
「そうか」
これも昨夜、樋口に電話して緊急で用意してもらったものだ。
人使いが荒いと、散々文句を言われた。けどやってくれるから偉いよな。
夜中に遥の家に来た樋口が、その盗聴器を郵便受けに投入。家族が寝静まったのを見計らって、こっそりドアを明けた遥が回収した。
樋口はその後に、俺の家に堂々と訪問して受信機を手渡し使い方を説明してくれた。
軽くて小さい代わりに、そこまで送信範囲が広くはない。中学校の屋上なら聞こえるというわけで、ここまで来た。
神箸家と坂本家と学校の協議を聞いて、とにかく情報を集める。相手の人となりを知るのに、伝聞よりは直接聞いた方が今後の対策が立てやすい。
もちろん、この話し合いに直接俺たちが介入することはできない。けど、坂本更紗の動向を知って、大人たちがいない隙に接触することは不可能ではない。
そして、更紗に改心を求める。心を開いて、人と仲良くすることを選んでほしい。そうじゃないと、彼女の人生は寂しいだけのものになるから。
更紗本人がそれを望むのか、あるいは大きなお世話と突っぱねるのかは、予想できない。俺としては後者だと思うけど、遥がやりたいと言ってるからな。
だったら、やれるだけやらせてあげよう。それで遥が傷ついたとしたら、俺が慰めてやらないとな。
その接触のためにも、この話し合いを聞くのは大事。更紗や親が園での件をどう捉えているか。反省する余地があるかを見極めたい。正確には、聞き極めたい、かな。
だけど。
「わたしの家族と、先生たちしかいない?」
「……みたいだな」
ライナーの怪訝な声に肯定の返事を口にする。
会話の内容としては、神箸夫妻が教師のこれまでの対応の悪さを詰めているといったところ。両親の声がよく聞こえる。
彼方も、盗聴ができている以上は同席しているはず。大人の話に入ってこれないのか、あるいは俺のアドバイスのおかげか下手なことを言わないように口を閉ざしている。上出来だ。
詰められているのは、どうやら校長先生らしい。俺が卒業した後に代替わりがあったのか、知らない声だ。
若くはない男。神箸夫妻の言い分に恐縮して、もっともですと繰り返している。
気弱なのかな。それでも、誠実ではあるのかもしれない。




