5-29.大人たちの反省
「遥ちゃんがね、お母さんに電話したてのよ。ご両親は連絡受けてすぐに出たはずだから、移動中に説得したのね」
愛奈が俺の方にやってきて説明してくれた。
「わたしとしても、彼方ちゃんが悪者になるのはまずいって思ってるから、とりあえずはこれでいいかなって」
「そうだな。坂本更紗は?」
「職員室……と言ってもいいのかな? 先生の事務室」
「そうか」
「ねえ悠馬。わたし」
遥が、自力で車椅子を押してゆっくりとやってくる。
かなり落ち込んでいる様子だ。
「余計なこと、しちゃったのかな? 人のためにやったのに、失敗して怒らせちゃって」
「彼方のためにやったんだろ? そして、彼方が学校でどうなってるか知ることができた。いいじゃないか」
「うん。それはいいんだけど……わたしは」
「遥。帰りましょうか」
「あ……。ねえ。わたし、悠馬と」
母親に声をかけられた遥は、俺に目を向けた。けれどこれを受けるわけにはいかない。
「今日は、家族で一緒にいてやれ」
「うん……後で電話するね」
「わかった」
遥の心残りは、彼方のことだけじゃない様子だ。
「わたしたちも帰りましょうか。澁谷さん」
「はい。大丈夫です。……ごめんなさい」
「澁谷が謝ることじゃないだろ。障害者と家族の、当事者同士の問題だ」
「ですけど、わたしたちが遥ちゃんたちをここに連れてきたから。障害者はみんな、助け合って生きているいい子たちだって偏見を持ってました」
「結局は、個人の性格はその人次第だからな」
「大人として、どういう事態が起こるか想定しておくべきでした」
「それは、わたしも一緒ねー」
あまり頼れない方の大人である愛奈が、なんとも気楽そうに言う。
「今日、彼方ちゃんがわたしに懐いてた理由、なんとなくわかったわ。大人として頼りたかったのよ」
彼方からすれば、愛奈の駄目さはまだ目についていない。
近くににいてくれる、頼れる大人として映っていたのかも。
「あの坂本って子があんまり酷いことを言うなら諌めてくれる。もし自分が暴走しそうなら、止めてくれる。そんな期待があったのね」
無理だったけど。愛奈は、ちょっと自嘲気味に言った。
「大人として、果たさないといけない責任をわかっていませんでした、わたしたち。諌める役も、本当はわたしがやらないといけなかったのに」
澁谷は悔しそうに口にした。
子供が勝手にしたことだと切り捨てられるほど、この人は無責任じゃない。つくづくマスコミに向かない性格だな。
もちろん、彼方にとっては年上の俺も責任があるわけで。
それでも、この撮影が悪いことばかりでは無いと思いたい。
「けど……遥がここに来たから、救われた子もいるだろ。それに遥自身も」
「そう、でしょうか」
「遥や親の意向次第だけど、このドキュメンタリーはちゃんと作られるべきって俺は思うぜ」
「……はい。神箸さんの家と、よく話し合ってみます」
「遥は、俺からも説得してみる。これで終わりにはしたくない」
「はい、よろしくお願いします」
スタッフたちは、まだ園でやることがあるらしい。先生たちとよく話さないといけないもんな。更紗の親もまだ迎えにきていない。
「来ないのね、あの子のお母さん。忙しいのかしら」
「どうかな」
いつも派手な服装で送り迎えしてると言ってたな。そういう仕事着なのか、それとも。
とにかく、俺たちが長居してもいいことはあまりない。
克彦みたいな子供たちは、別れを惜しんでる様子だけど。帰り際に声をかけられた。
「なあ、また来てくれねえか?」
「来ていいのか?」
「お前面白いやつだから。遥さんの付き添いだって言えば、誰も断らねえだろ」
「遥にも、また来てほしいのか?」
「当たり前だろ。楽しかった。坂本みたいな奴はひとりしかいない。ここを誤解したまま、いなくなってほしくない」
「わかった。伝えておく」
ひとりだけ異質な者がいたとして、それで全てを見た気になってはいけないな。
ところで。
「ねえ悠馬」
「なんだ?」
「傘、持ってない」
「あー……」
送り迎えはテレビ局の車でしてもらうつもりだったから、傘は用意してなかった。そしてスタッフたちは忙しそうだ。
「走って帰るか。近くのコンビニまで行って傘を買うとか」
「そうするしかないのかしら。あ、いい方法が」
「……なんだ?」
「こっち来て」
いい笑顔で、愛奈は俺の手を引いて外に出る。雨が体を打った。
敷地から出て、人目につかない所で止まった。愛奈のブラウスが濡れて透けているのが見えて、慌てて目を逸した。
彼女はそれに構わず胸元のブローチに手を触れる。おい、まさか。
「さあ悠馬! 今日はわたしが抱っこする番!」
「おいこら! やめろ!」
「魔法少女に変身して走って帰れば、一瞬にして家に着けます!」
抗議する俺を意に介さず、セイバーは俺を抱えあげた。
「あはは! 楽しい! 雨の中走るの楽しい!」
「雨粒が痛い!」
魔法少女の脚力に合わせて、雨粒が横に流れて俺をバシバシ打つ。
セイバーは魔法少女だから、痛みに強いのかもしれない。けど、俺はそうじゃない。
「人の家の屋根とか登っちゃうもんねー!」
「雨で濡れてるから滑らないようにしろよ!」
「わかってるわかってる。いつもやってるんだから……おっと」
「おどかすな!」
屋根から屋根に飛び移る際に、一瞬足を滑らせやがった。すぐに持ち直したけど。




