5-25.嫌いな教師
「学校で、あの子のお世話係をさせられてるらしいわよ。春に学年が上がってから、ずっとね」
グラウンドの隅にベンチがあった。そこで愛奈と並んで話す。
遥と彼方は撮影に戻っていた。もっとも、撮影はほとんど終わって、あとは良さそうな絵が撮れるかもと期待して子供たちと遊んでいるだけ。
今は、彼方は姉と一緒に楽しそうにしていた。
「あの子、学級委員長なの」
「そうなのか。生徒会長を目指すための段階を踏んでるとかかな」
「それもあるでしょうね。立候補してなったらしいから」
「それで、同じクラスに所属することになった障害者のお世話を、か。彼方ひとりに任せてるのか?」
「いいえ。最初は、クラスメイト持ち回りで交代でやろうってことになったの。車椅子を動かすのが主な仕事。移動教室の時とかね。給食のお盆も運べないし、授業も一部手助けがいる。で、いつの間にか彼方ちゃんひとりの仕事になった」
なぜそうなったのかは、俺にも想像がついた。
「みんな、拒否するようになったんだろう。あいつの態度に耐えかねて」
「ええ。そういうこと」
「車椅子が必要になったのは一年ほど前らしい。その頃、つまり一年生の時も学校は似たような対応をしてたんだろうな」
「その情報は初耳だけど、でもそういうことなんでしょうね」
一年生の時は、彼方と更紗は別クラスだった。更紗は自分のクラスの手助けを受けていたけれど、その悪評はすぐに広まった。クラス内だけではなく、学校中に。
学年が変わってクラスの顔ぶれに変化があっても、新しいクラスメイトはみんな更紗の人となりを知っていた。
委員長という肩書を使って彼方にすべての仕事を押し付けるのに、そう時間はかからなかったことだろう。
以来、彼方はずっと苦しみ続けている。無礼な障害者から罵声を浴び続けている。
「あの子の態度って、どんな感じなんだ?」
「手助けしてくれる人を下僕か何かだって見なしてるらしいわよ。やってくれて当然で、早くしてって急かすばかり。されたことにお礼もしないし、動かすのが下手なら文句言うんだって」
「車椅子なんて、動かすのに慣れてる中学生なんていないだろ」
「けど、あの子にとっては癪に障ることなのよ。速度を出しすぎたら怖い。段差で揺れると怖い」
「でも、ゆっくりしてると遅いって文句言うんだろ?」
「ええ。まあね」
理不尽だ。中学生なら怒って当然だ。
「誰も注意しないのか? 態度を改めろって」
「した子もいたらしいわよ。けど、逆に怒り返すんだって。自分はこんなにかわいそうなのに、なんで責めるんだ、って」
「ひどい話だ」
今まで、暴力沙汰になってないのが奇跡だ。
「それで、学級委員長に役目が押し付けれたってわけね。彼方ちゃんは家庭にも車椅子の姉がいるから、慣れてるだろうって周りから言われたの」
「しかも、生徒会長を目指してるからアピールにもちょうどいい材料か。そうして言いくるめられたというわけだ」
けど、どんな事情があっても、ひとりの中学生に負わせる負担じゃない。
「担任とか、教師は問題視しないのか?」
「担任の先生は触れたくないようよ。できるだけ問題を小さくしようとして。桂木って先生らしいけど、知ってる? 遥ちゃんも、あんまり印象に残ってない先生らしいけど」
「あいつか……」
今まで忘れていた名前。けど、耳にした途端に嫌な記憶が蘇る。
「知ってるの?」
「俺の、中一の時の担任だ。四十……後半くらいの男だよ。やる気のない教師だった」
あれから四年経ってるから、もう五十を過ぎてるかもな。
そう、四年前だ。
「父さんと母さんと兄貴が大学に合格して、そして死んだ冬が明けて、春になって中学に入った時の担任だよ」
「ええ……」
あの時の記憶が蘇ってきた。
事故の直後は忙しかったな。その時俺は、卒業間近の小学六年生だった。
その時の担任の先生は優しかった。大きな喪失をした俺を気遣ってくれたし、家にまで何度も足を運んでくれた。
先生としての仕事も忙しかっただろうに、親身になってくれた。それが先生の役目だから。遠慮しないで。いつでも頼っていい。卒業式まで、ずっと気にかけてくれた。
そして俺は進学して、新しい担任と出会った。事なかれ主義の桂木だ。
「あいつも俺の境遇は知ってたそうなんだ。入学式の後にクラス別で集まって、それぞれの自己紹介や簡単なホームルームが終わって、早めに下校する時、俺を呼び止めた」
俺の事情は知ってて、それを皆の前で口にしないだけの配慮はあった。でも、それだけだった。
ご両親のことは残念だった。辛いだろう。頑張れ。
話はそれだけだった。
「別に、親身になってくれと思ってたわけじゃない。けどわざわざ呼び止めて、大した話しをしなかった理由は俺にもわかった」
「アリバイ作りね……」
愛奈の軽蔑混じりの指摘に、俺は頷いた。
担任として、家庭に事情を抱えた生徒に何も声をかけないわけにはいかない。
だからといって、親身になって接して、助けになれそうなことを尋ねて実行するような人情は、あの男にはなかった。




