5-21.ユニバーサルデザイン
「遥さん、その後ろの男の人、もしかして彼氏さんですかー?」
ふと、生意気っぽいというかちょっとませている雰囲気の、小学生の女の子がそんな質問をした。彼女は……なんの障害なんだろうな。見た目じゃわからない。
クスクス笑いながらの、からかいまじりの質問に。
「そうです! 彼は悠馬! わたしの彼氏です! 家が近くで、バス乗る時に毎朝車椅子を押してくれるんだよー。わたしのまわりの、優しい人の代表です」
堂々と言い切った遥に、子供たちがおおーっと声をあげる。
そして質問した女の子は、隣に座っている年の近い女の子の肩を叩くと、手を動かして見せた。叩かれた方も笑顔になって、やはり手を動かす。
手話だ。隣の子は耳が聞こえないのかな。よく見れば、部屋の隅に先生がひとり立っていて、遥の話しに合わせて手話をしていた。
聴覚障害の女の子へ遥の言葉を伝えるのは、あの先生の役目。じゃあ少女たちがやっているのは何か。
ごく個人的なお喋りだ。授業中に先生の目を盗んでヒソヒソ話しをする。あるいは手紙を回すみたいなコミニュケーションを、彼女たちは手話でやっている。
普通の子たちと同じようにやってる。手段が少し特殊なだけ。
「だったら、キスとかもうしたんですかー?」
「もー! そういうの気にするのは、もうちょっと大きくなってからにしなさい!」
「えー! 教えてください!」
「内緒!」
初対面の女の子と、ずいぶんと打ち解けた雰囲気で会話が出来ている。遥が、親しみを持って話せる相手だと悟った子供たちが、質問攻めに入ってきた。遥も根が明るい子だから、それにしっかり応えている。
いい雰囲気だな。
その後、交流を深めようということで、みんなで遊ぶことに。基本的には託児施設の面が強い場所だから、室内には玩具や本がたくさん置いてある。
「ねえ彼氏さん。これ、ぐちゃぐちゃにして」
「彼氏さんじゃなくて悠馬な。それより、ぐちゃぐちゃって……。ああ、なるほど」
ひとりの小学生男子に声をかけられた。足を引きずりながら、こっちに歩いてくる。
手渡されたのは、ひとつの面が九つに分割されて色分けされた立方体。いわゆるルービックキューブだ。
色をバラバラにして、解かせろということか。
「君がやるのか?」
「ううん。達也が」
「達也?」
「あの、目が見えない奴」
「目が見えないのに、ルービックキューブが出来るのか?」
「出来るんだよ。見てなって」
「克彦。年上だよ。礼儀」
「なあ達也。これ解いてくれよ」
「まったく……ほら見て」
渡されたそれは、色分け以外にも色に対応したマークが凹凸としてついていた。だから見なくても、マークを触って把握すれば解くことが出来る。
こんなものがあったのか。
事実、俺が何も考えずにバラバラにしたそれを、達也というサングラスをかけた小学生男子は平然と受け取った。
しばらくは指先でキューブを弄んでマークを確認していたかと思うと、猛烈な速度で回転させ、あっという間に色を揃えてしまった。いや、彼からすると揃えたのはマークか。
「すげえだろ、こいつ」
「いや、なんでお前が自慢げなんだよ」
もう一人の、足を引きずった少年、克彦が得意げな顔をする。
「友達の自慢は俺の自慢だ」
「生意気な奴だ」
「なあ。お前の彼女可愛いな」
「あー。うん。だろ?」
話が唐突すぎる。さすが小学生、読めない。
「キスとかしたのか?」
「まだしてない」
「けっ。つまんねえな」
「うるさいぞ。ガキがそんなこと気にするなって、遥も言ってただろ。エロガキめ」
「なあ。キスってどんな感じなんだろうな」
「だから知らないってば。……やったら教えてやるよ」
「本当か!? 約束だからな!」
俺も、小学生男子に懐かれてしまったらしい。
「なあ。高校生ってどんな感じなんだ? 付き合うって、どうやったんだ!?」
「めちゃくちゃ食いついてくるな」
「なあ。達也も聞きたいよな!?」
「うん。聞きたい」
目が見えなくても、背伸びした話題がしたいのは普通の子供だな。
「よし。教えてくれよ」
「教え……てもいいけどな。それよりみんなと遊んでこい。子供は遊ぶのが仕事だ」
「じゃあさ、達也も一緒にトランプしようぜ。やりながら教えてくれよ」
「目が見えないのに、トランプ……?」
「そういうのがあるんだよ。これだよこれ」
「あるのか、触って判別できるトランプが」
スートと数字が触れてわかるように、少し盛り上がって印刷してあるトランプを手渡された。
これがユニバーサルデザインなのか。達也は、これを使って当たり前のようにババ抜きを始める。
「なあ。達也は、実は見えてるとかはないよな? 障害はあるけど、ちょっとは見えてるみたいな」
「いや。全盲だよ。何も見えない。真っ暗闇。光の弱い強いもわからないらしいぜ」
「そうなのか……」
たしかにトランプをペタペタ触らないと確認できないらしい。だから見えてないのは確実。でもトランプは当たり前にできるらしい。
ババ抜きを始めれば、彼は何の支障もなく引いた札を触って、数字が揃っていればそれを捨てた。それどころか。
「くそっ! 表情が読めない!」
達也の手には、ジョーカーともう一枚。そして克彦の手にもカードが一枚だけ。一騎打ちの場面で、ジョーカーを押し付けられるか勝てるかの場面だ。




