5-17.彼方も施設に
「ねえ悠馬。わたしも怪我したら、車椅子に乗せてくれる? それよりお姫様抱っこの方がいいけど」
「しないからな。お姫様抱っこは」
「えー?」
「わたしにはしてましたよね、悠馬さん」
「あれは緊急事態だから」
「ねえ悠馬。わたしももう一回やってほしい!」
「わたしもわたしも!」
「お前らは下がってろ」
市民を守る魔法少女が揃って変なこと言うな。
「そうだ悠馬ー。今度の週末は、障害者支援センター行くんだよねー。ふたりっきりで!」
「ああ。来週だな」
お姫様抱っこはさせてもらえないと悟った遥は、違う方向から俺との仲を深めるアピールをしてくる。元から入っている予定の再確認。
俺への呼びかけなのに、愛奈や彼方をチラチラ見ている。
事実だけど。対抗するなよ。妹に。あと彼氏の姉に。
「だ、だったらわたしも行くわよ!」
「いや、なんでお姉さんが来るんですか?」
「ほら。保護者として!」
「いやいや。わたしが主役のドキュメンタリーですよ? 彼氏が出るのはいいとして、そのお姉さんが出るのは不自然ですよ」
「別にカメラに映るってわけじゃないわよ。保護者として悠馬についていきます。弟がどんなことするか、興味あるし! 澁谷、それはいいのよね?」
「え、ええ。別に不都合はないです」
「ふふん」
ふたりきりというのを邪魔出来た愛奈が、得意げな笑みを遥に向ける。なんて浅ましい思考だ。あと、別にふたりきりではないからな。澁谷もスタッフもいるからな。
そして彼方たちの前では、澁谷と愛奈は初対面という設定で話さないといけないのに、思惑を通すのに夢中で忘れている。
これでは愛奈は、初対面の女子アナにタメ口を聞く駄目な社会人だ。駄目な社会人なのは事実なのだけど。
「わ、わたしも!」
不意に、彼方が声を上げた。
「わたしも、お姉ちゃんについていこうかな。に、ニコニコ園!」
自分だけ蚊帳の外に追いやられているのが嫌なんだろう。遥や、よく知らない相手だけど遥や俺と親しそうな愛奈への対抗意識。
いい子だけど、意地っ張りなのは基本的な性格なんだな。
俺を巡って、遥に対抗意識を燃やしているわけではない……と信じたい。あくまで、自分だけ盛り上がってる所に入れないもどかしさから声を上げたはずだ。
「澁谷さん! わ、わたしも行ってもいいですよね! えっと、ニコニコ園に」
「ええ。いいですよ。よろしくお願いします」
ニコニコ園、というのが来週訪問する施設の名前なのは察せられた。本当にそういう名称なのか、それとも愛称なのかは知らない。
彼方がこの名前を知っているのも、遥から聞いたとかだろう。俺に同行を求める前に、彼方にも尋ねていたとは聞いているから。
わからないのは、一度は彼方がこのお願いを固辞したこと。そしてこの施設の名前を出す時、明らかに言い淀んでいた理由。
彼方が乗る車椅子の後ろにいる俺には、彼女がどんな表情をしているのか見えなかった。
「あ。つむぎちゃんたち置いてきたままだ。あのふたりで帰れるかな?」
「小学生ふたりだぞ。無理ではないだろうけど、連れて帰ってやれよ」
「えー。悠馬と帰りたい!」
「姉ちゃんが連れてきたんだろ?」
「そうじゃない……いやそうだけど。そういうことに、対外的にはなってるけど! うあー! 行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
「つむぎちゃん今どこ? 風車? 上に鳥が止まってるからモフモフしたい!? やめなさい! ラフィオあなたしっかり止めておいてよね!」
電話したら、向こうでも大変らしい。つむぎなら、あの風車の外壁をよじ登るくらいはなんとかできそうだよな。やったら大騒ぎになるけど。
大人としての最低限の使命を果たすべく走っていく愛奈を見送った。
「なんだか賑やかなお姉さんですね……」
「でしょー? 悠馬とは全然違って、本当に騒がしいよねー」
「我ながら、変な姉だと思ってる」
「まあ、悠馬さんもちょっと変わった人だなって思いますけどね」
「そうか?」
「年下に意地張ったり」
「悪かったって」
「基本的に負けず嫌いなんだよね、悠馬って。あと割と偉そうだったりする。年上にも、割と態度でかかったりするし」
「遥までなんだよ」
確かに自覚はあるけど。身近な年上があれだから、なんか強く出てしまうんだよな。
「偉い人にも物怖じしないって意味では頼れるからね、わたしは大好きだよ悠馬!」
「馬鹿にしてないか?」
「してないよー」
なんか、信頼できない。
けど、楽しいのは間違いない。
その日は解散となって、テレビ局の車で家まで送ってもらった。少し後に、愛奈がちびっ子たちを連れて戻ってきて、疲れたと言いながらベッドに倒れ込んだ。
休日に思わぬ重労働をして、大変なのはわかる。休ませてあげよう。
と思っていたのだけど、夕食の時に。
「今日はわたしが作るわ! 正確には、野菜とか切ってあげるわよ!」
突然そう言い出した。
「やめてください。素人がキッチンに入ってこないで」
当たり前のように、夕食時に家に来た遥が拒絶する。こっちに関しては、まあ不審なことではないな。




