5-16.今日は彼方が車椅子
そのまま、遥たちが来る方にゆっくり歩いていると。
「悠馬ー!」
「姉ちゃん?」
愛奈が駆け寄ってきた。怪物を殺した功労者だ。その後ろに、つむぎと少年の姿のラフィオもいる。
「悠馬、怪我はない? 良かった」
「姉ちゃん、ええっと、なんでここに」
「悠馬が怪物騒ぎに巻き込まれたと聞いて、心配で駆けつけました! 愛する弟のために!」
"なんでここに"の本当の理由は、愛奈が魔法少女だからだ。けど、彼方がいるために本当のことは言えない。
さっきと同じように、下手で白々しい芝居で切り抜ける。さっきと違って緊急事態ではないから、彼方も不審に思うかもしれないけど。
「悠馬ー! 彼方ー!」
「お姉ちゃん!」
ところが、いいタイミングで遥たちが来てくれたから、彼方の注意はそっちに向いてしまった。
「……なんでお姉さんがいるんですか?」
「かくかくしかじかで」
遥も、愛奈たちがいる理由は知りながらも、家族の手前一応聞かないといけなくなった。苦労かけるな。
「彼方ちゃんのご家族ですね。悠馬の姉です。弟がいつもお世話になっております」
一応は社会人。愛奈は遥の両親に対して、礼儀正しく挨拶をする。なんとか真面目な雰囲気を保っていた。
「これはこれは。遥の父です。こちらこそ、娘がお世話になっています」
社会人同士の、真人間を装った挨拶。まあ遥の父親は、本物の真人間である可能性が高いけど。ちょっと、隙あらば未成年にも飲酒を勧める程度だ。
「初めまして! 悠馬さんのお隣さんの御共つむぎです! こっちは彼氏のむぐっ!?」
「説明が面倒だから、僕たちはあっちにいよう」
「えー」
「あっちにお花畑があるらしいぞ。見よう」
「モフモフはいる?」
「いないと思う」
「えー。じゃあ別にいい」
「僕はつむぎと花が見たいんだ」
「えっ……それって、デートしたいってこと!?」
「あー……うん。そうなるかな?」
「もー! だったらそうって早く言ってよー。ラフィオってば恥ずかしがり屋さんなんだから!」
「理不尽だよな、僕らの関係」
ラフィオがつむぎの手を引いて離れていく。お隣さんの小学生が、なんで俺の姉と一緒にいるか説明するのは面倒だからな。
というかラフィオ、つむぎの扱いに慣れてきている。動かすためにはデートするのも厭わないとは。
これ、関係性は完全に深まっていってるぞ。
「彼方。足大丈夫?」
「え? 平気平気。なんともないよ」
「嘘。歩けないから悠馬におぶさってるんでしょ?」
「まあ、それはそうだけど……ちょっと安静にしてたら治るって」
「よし! じゃあ今日は彼方が車椅子乗ろっか!」
「え? なんでそうなるの!? お姉ちゃんは!?」
「わたしは自力で歩けるし」
折りたたみ式松葉杖を用意しながら立ち上がる遥。そして空の車椅子に座るよう彼方に促した。
「え、でも」
「いいんじゃないか? お前の姉ちゃんは、ひとりでも少しなら歩けるんだ。頼れる所、見せてくれてるんだよ」
背中の彼方に話しかける。
「それに、彼方はいつも遥のこと助けてるんだろ? 今日くらい、遥に助けられてもいいんじゃないか? 彼方の姉ちゃんは優しいからな」
「うん。それは知ってます」
「厚意は素直に受け取っておけ」
「……はい!」
彼方の心の中はよくわからない。けど、遥との関係が良好なのは間違いない。俺の背中から降りて、無事な方の足を一旦地面につけて、車椅子に腰を降ろした。
「車椅子ってこんななんだ……」
「そうなんです! 意外に座り心地いいでしょ? ガタガタの道を動いたりしない限り、そんなに揺れないし。動かすのにはコツがいるんだけどねー」
「そうなんだ……ええっと」
「悠馬、押してあげて?」
「ああ。わかった」
「よ、よろしくお願いします……」
彼方は、緊張したように俺を見上げ、ペコリと頭を下げた。
俺からすれば、乗ってる人が違うだけで、いつも押してる車椅子なんだけどな。
特に困ることは何もなく、車椅子を押して園内を歩く。とりあえず、今日はこれ以上ピクニック、というか撮影をするのは気が引けるわけで。駐車場に向かう。
「えへへー。彼方ってば、さっきので悠馬との距離が近くなったんじゃない? でも、わたしの彼氏だよ? 取っちゃ駄目だからねー」
「取らないから! 何言ってるお姉ちゃん!」
「なーんか、仲良くなってそうだから!」
「もう! 怪物に襲われた後なのに呑気すぎ!」
「あははー」
そりゃ、遥にとっては怪物なんて大した相手ではないからな。市民からすれば大事件の後も余裕なのは当然だ。
けど、周りを見れば怪物が去ったことを知った市民が、再度行楽に戻って来ているのが見えた。
怪物が倒されたら、もう怖がることはない。日常に戻っていい。市民たちがそういう感覚を身に着け始めているらしい。
「まあでも、悠馬さんはたしかに素敵な人だよねー」
俺が、普通の市民の力強さに感心していたところ、彼方が俺の名前を呼んで意識を引き戻してくる。
「力も強いし、あの黒タイツ相手に怯まず立ち向かえるし、それに車椅子押すのもうまい。お姉ちゃんが好きになるのもわかるな、うん。格好いいよね」
「ちょっと!? 本当に、わたしの彼氏取らないでよね!?」
遥が、怪物が出てきた時以上に狼狽えていた。
「んー。どうしよっかな。わたしもなんか、気になってきた」
「駄目だから! ゆ、悠馬! わたし一筋って言って!」
「なんでそんなこと」
「悠馬ー? なんか、また別の女の子に手を出しますって雰囲気になってるんだけどー? お姉ちゃん、ちょっと心配だなー?」
「お姉さんは黙っててください!」
「ひどい……あとお姉さんじゃない……」
愛奈まで話に入ってきて、収拾がつかなくなってきた。
賑やかなのはいいんだけどな。




