5-13.挙動不審セイバー
それでも俺の指示にはなんとか従って、彼方の片手は俺の首に伸びて、身を寄せる体勢を取ってくれている。
背後に黒タイツの声。追いかけてきているのか。周りを見れば、他の黒タイツたちも行楽客を追いかけ回している。
奴らを殺して市民を助けたいところだけど、今は彼方を守るのが優先。
とりあえず安全な所まで逃げよう。その後どうするかは、その時考えよう。
「あわわ! 悠馬さん! 来てる! 敵追いかけて来てます!」
「何体だ!?」
「四人! しかもぐんぐん迫ってきてます!」
「だろうな!」
ただでさえ、平均的な人間よりは身体能力が高い黒タイツだ。しかも俺は彼方を抱えている。向こうの方が速いのは当然だ。
「ゆ、悠馬さん!」
「なんだ?」
「いざとなったら、わたしを見捨てて逃げてください!」
「駄目だ」
崇高な自己犠牲の精神を口走った彼方だけど、即座に否定する。
「でも! このままだとふたりとも、し、死んじゃう!」
「そうかもな」
「だったら悠馬さんだけでも!」
「駄目だ。お前を見捨てる? できるはずないだろ、そんなこと」
「でも。わたし悠馬さんに――」
「うおおおお!! セイバー斬り!」
彼方の言葉は、ちょっと知能が低そうな技を叫ぶ声でかき消された。
横から、ラフィオに乗ったセイバーとハンターがやってきて、俺と黒タイツの間に割り込んだ。
セイバーは降りながら剣を一閃。黒タイツの胴をばっさり切り裂いたと思えば、次の敵の腹を蹴って倒しながら、三体目の首を切る。
仲間の死に怯まず襲いかかってきた四体目の首を掴んで引きずり倒した先には、さっき倒された別の黒タイツ。二体重なって倒れた頭部を、セイバーはまとめて串刺しにした。
鮮やかな殺し方を見せたセイバーは、俺の方を振り返って。
「無事かしら、ゆ……ええっと。初対面のお兄さん!」
俺に声をかけようとして、部外者を抱えているのを見て名前を呼ぶのをギリギリで堪えた。
「は、初めまして初対面のお兄さん! その子は何者でしょうか!? いえ、気にしてるわけじゃないけど! 初対面のお兄さんが、知らない女をお姫様抱っこしている状況に困惑しています!」
言ってることが無茶苦茶だ。これだと、俺とセイバーが知り合いだと彼方に気づかれるのも時間の問題で。
「魔法少女さん」
「はいなんでしょう!?」
「怪物は、ウインナーが変化したもので、そんなに大きくありません。セイバーさんひとりで倒せると思います」
「な、なるほど!」
「あと、この子のお姉さんが車椅子なんですけど、その近くで怪物が出ました。他の家族も一緒です。早く助けてあげてください」
「あー。なるほど。車椅子のお姉さんの妹さん」
感情を押し殺した声で、セイバーと初対面のふりをして彼方の素性を伝える。
セイバーも慌てた口調だけど、俺も負けないくらい平坦な棒読みになってしまってる。仕方ない。いつもの感じで話すと、俺だってセイバーを姉ちゃんと呼びかねないから。
「わかった。その車椅子の子は、家族と一緒だから身動きが取れないと」
ラフィオが、遥が変身できない事情も察してくれたようだ。
幸いにして、今回はそこまで大変な相手でもなくて。
「僕とハンターで、公園内の黒タイツどもを殺していく。セイバーはフィアイーターだ。やってくれ」
「ええ。わかったわ。初対面のお兄さんは、その子と一緒にどこかに隠れてて」
最後まで、俺のことを変な呼び方するのは改めなかったけど、セイバーも状況を察してフィアイーターの方に走っていく。ラフィオとハンターも、黒タイツの声の方に急ぐ。
「……悠馬さん」
「なんだ?」
「魔法少女って、思ったより変な人なんですね」
「ああ。俺も驚いている」
変な奴という認識であって、俺の関係者だとは気づいてない様子。
初めて目にする本物の魔法少女やラフィオの姿に驚きが優先されて、そこまで気が回らなかったらしい。
まさか自分の姉が魔法少女のひとりだとは、夢にも思っていまい。
「おい。君たち! こっちだ!」
彼方を抱えたまま走っていると、少し離れた所から声をかけられた。小さな建物の出入り口から、人がこちらに呼びかけている。
公園の管理事務所みたいな所だろうか。急遽、避難所として使われているらしい。
中には公園の職員と、避難してきた市民が数人。何人かは武器の代わりなのか箒を握っていた。
「椅子はありますか? この子、足をくじいていて。診てあげないと」
事務所だから、椅子が何脚か。先客がいたけれど、怪我人を放っておかない善人だったらしい。すぐに腰を上げて彼方に譲ってくれた。
「痛むか? 見せてくれ。というかどっちの足だ? 痛かったとして何すれば……」
「見せて。看護師なの」
「あ。お願いします」
事務所備え付けらしい救急箱を持った女がひとり、駆け寄ってきて彼方の前でしゃがんだ。私服姿だから、休日に巻き込まれたのだろう。
ここはプロに任せるべきだ。
周りを見る。事務机の上には文房具立て。そこにあったハサミを握りしめる。武器としては心許ないけど、刃物は刃物だ。
事務所の入り口では、数人の男が箒を持って外を警戒している。黒タイツは園内をバラバラに散らばっていった。いつこっちに来るかわからない。
セイバーが早く本体を倒してくれればいいんだけど、警戒するに越したことはない。




