5-11.楽しいピクニック
「ほら! 悠馬さんも食レポやってください!」
「えー……」
「わたしだけに任せるの、ずるいですよ! ほら、か、彼女! のお弁当の食レポをしてください!」
「遥の作るピラフはいつもうまいな。この小さいエビがいい」
「冷凍して売ってるやつを解凍しただけなんだけどねー」
「そうなのか!?」
「ふふん。悠馬さんだって下手じゃないですかー」
「うるさい……」
「みんな。おいしそうに食べてれば、それは視聴者に伝わるものよ」
澁谷のアドバイス。
おいしそうに食べる、か。俺たちは互いに顔を見合わせて。
「難しいよね」
「そうだな。おいしいけど、それが顔に出てるとは思えない」
「うん。おいしんだけど」
俺と彼方の意見は一致している。そんな俺たちを見て、澁谷はくすくすと笑った。
「ええ。それでいいの。ちゃんと出ているわ。ふたりとも、遥ちゃんの料理を本当に楽しそうに食べてる」
「楽しそう?」
「ええ。食事や、会話を楽しんでる」
「そうかなー」
さっきから、俺と彼方は張り合ってばかりだ。
「ええ。ふたりとも自分に素直になれてるし、楽しそうよ。いい意味で、遠慮のいらない関係になれてるようだし。そういう相手との食事はおいしいものよ」
「遠慮……?」
また、俺は彼方の方を見る。彼方も俺を、不思議そうな目で見つめていた。
そういう食卓が楽しいのは、よくわかっている。ここ数ヶ月の我が家がそうだ。
けど、彼方が相手だと少し違う。
お互いに相手のこともよく知らないし、知っているのは遥のことだけ。なのになぜか張り合うことになっている。
彼方の方には張り合う理由があるのかもしれないけど、俺にはない。ただ、突っかかってくる年下に負けたくないだけだ。
遠慮はないけど、食事が楽しくなる関係ではないぞ。うちの家の食事は、もっと騒がしくて、みんな自由で。
あれ? さっき遥の弁当の食レポを試みた時も、騒がしかったし好きなこと言ってた? 同じなのか?
この、生意気な女がいる食事が?
「どうなんだろうな……」
「ふんっ」
迷う俺と、そんなはずはないと突っぱねてそっぽを向く彼方。わからなかった。
「よし悠馬! 運動しよ!」
「なんでだよ」
遥だけが自由だった。
荷物から玩具のラケットを二本取り出して、一方を俺に渡してくる。
「バドミントンしよ! ちゃんと、わたしが返せる所に打ってよね!」
「それはいいけど。なんでだよ」
「テレビの構成として、ここでナレーションが入るの。運動部にいたのに、急にこの足になっちゃって。それから運動してないんです。それで、太っちゃうかなって思って。運動しないとなって。そんなコメント」
「ちなみに音声は収録済よ。この前インタビューした時にね」
澁谷の補足も入って、テレビの演出に協力しろというのは伝わった。
これも、ピクニックの風景のひとつか。
「これ、運動になるのか?」
「ちょっとはなるでしょ?」
「そうだろうけど」
仕方ない。遥とテレビ局の要望だ。受けてやる。
「お姉ちゃん。わたしもしたい」
「んー。後でね!」
「悠馬さんだけずるい……」
「もー。拗ねない拗ねない。お姉ちゃんは彼方ちゃんのこと、大好きだよー」
ここでも対抗意識を燃やしてくる彼方を横目に、俺たちは芝生の上に立つ。
「行くぞ。ほら」
「とりゃー!」
「ほっ」
「あちょー!」
「それ」
「ほうぁー!」
全力で楽しんでいるらしい遥の変な掛け声と共に飛んでくる、羽つきのシャトル。それを車椅子の位置する方向に打ち返すのが俺の仕事だ。
とはいえ、俺も遥もバドミントン素人。ラリーがそう長く続くというわけでもなく。
「あっ! ごめん!」
打ち損じた遥によって、俺には到底受けれない所までシャトルが飛んでいく。
「気にするな。ほらっ」
「にょわー!」
「あ、ごめん」
拾ったシャトルを、さっきまでとは少し遠い位置から打てば、狙いが狂ってしまった。車椅子の遥の可動域では間に合わない所にシャトルが落ちる。
遥はそれを、車椅子を動かして拾いに行く。そして、その場でこっちに打ってくる。
さっきよりも距離が開いたからか、やはり狙いはうまく行ってない。俺のはるか手前に落ちた。
「やっぱり、ラケットも体全体を使って降るものだから、座ってるとあんまり距離は出せないねー」
さすが元アスリート。そういう感覚は掴んでいる。走るのだって、体全体を動かしてやるもんな。
「じゃあ、近い距離でやろうか」
「うん! 眼の前から始めて、だんだん距離を広げていく感じで」
「わかった」
そんな風に、試行錯誤しながら車椅子バドミントンをしばらくやる。
ドキュメンタリー用の映像としては、そんなに長い尺がいるわけじゃないし十分撮影できただろう。けど楽しかった。遥も運動したいという気持ちはあるらしく、真剣にやっていて。
「悠馬さん! そろそろ代わってください!」
彼方が駆け寄ってきた。遥と楽しそうに遊んでいる俺の姿を見て、我慢できなくなったか。
まあ、譲ってやってもいいか。姉妹で同じようなシーンを撮って、そっちを使った方がいいってテレビ局が判断するかもしれないし。




