5-5.彼方の対抗意識
「ほんと。子供もたくさん食べて元気に育ってほしいんだけどねえ。その方が作り甲斐があるってものだし。けど女の子ってほら、年頃になったら太りたくないって言い出すし」
「だってほら。悠馬だって彼女が太るのは嫌でしょ?」
「答え辛い質問をするな。……いただきます」
大丈夫。腹の余裕はまだある。食べられる。
あと、食卓に並ぶ刺し身も美味そうだし。
それに、遥の母親がどこか寂しげな表情をしたのを、見てみぬふりはできなかったし。
授かったのが娘ふたり。年頃になったら太るのを警戒して大食らいにはならない。それもあるだろう。
けど、遥はある時期まではよく食べる子だったのではないかなと思う。陸上部に本気で打ち込んでいて、いつもお腹を空かせて帰ってきては、母親の前でたくさん食べていたのではないかな。
そんな日常が、ある日急に断たれた。遥の左足と共に。
車椅子生活になった遥自身は、前向きに振る舞っている。少なくとも俺の知っている限りは。
けど、陸上部の活動をあっさり捨てられるほど軽い気持ちでやってたはずがない。
家族もそれをわかっている。そうじゃなくても、娘が永遠に五体満足ではなくなったことを、容易に受け入れられたはずがない。
深い悲しみと葛藤はあったはずだ。遥の食事量が減ったことも悲しみだし、それ以外にもたくさんあったはず。
それを俺を知ることはない。そんな所に踏み込めるほど、無遠慮な性格はしていなかった。
ただ、飯を食うしか俺にはできない。それでいいんじゃないかな。母親の気持ちが、少しは上向くように。
「ねえ悠馬さん。お姉ちゃんの車椅子、学校でもずっと押してるんですか!?」
彼方が俺の方に身を乗り出して聞いてきた。
「うん。悠馬に押してもらうことが多いよー。他の友達のこともあるし、そもそも自分で動かすことも多いけどね!」
なんで遥が代わりに答えるんだ。
「さすがお姉ちゃん、自力でやっちゃえるんだね。移動教室も自力で?」
「うんまあ。そうだね。自力で行けるよ」
「そっかー。偉いね! 家ではわたしに頼っていいからね! 今までもそうだったけど!」
「う、うん。いつもありがとう……?」
妹のテンションに、遥も困り気味だ。
俺の出る幕のない家庭では、自分に頼れと言っている。俺ではなくて。
学校でも、俺の力が無くてもやっていけることを喜んでいるようだった。
確かに遥は、自力でやれることはやるって考え方だからな。車椅子だってひとりで動かせる。ひとりで料理もできるし、その他の家事だってこなせる。
それ故に、頼れと言われたら困るのだろうな。自分でやりたいのだから。
もちろん、相手の善意を素直に受け取れる子ではあるから。
「頼りにしてるよー。彼方のおかげで毎日助かってます!」
笑顔で言いながら、親指を立てて見せた。
いいな。家族って感じがして。
「だよね! わたし頼れるよね! まあ、学校でもそこそこ人望あるし? 次期生徒会長とか言われてるし? 悠馬さんも素敵な人だけど、わたしも負けてないよね!?」
なんで俺に対抗意識を燃やしているのかは、相変わらずよくわからない。
「彼方がごめんね。なんか意地張っちゃってるみたいで」
その後、山盛りご飯をなんとか平らげた俺は遥に玄関まで見送られて帰ることに。彼女の両親は、またいつでもおいでと言ってくれた。彼方は俺を睨んでいたけど。
「悠馬と、どっちがわたしの役に立ってるかで対抗してるんだと思うよ」
「なんでそんなことで」
「元々仲のいい姉妹だからね。わたし、事故で足がこうなった時、自分で思ってたより気にしてたらしくてさ。彼方は、わたしの力になろうって決めたらしいの。毎朝学校まで押して行ってあげるとまで言ってさ」
障害を負った姉を支えようとするのは当然か。
実際には、違う学校に通う相手をそこまで世話するのは無理だ。中学校は、この家からは徒歩で通える距離。しかもバス停とは逆方向。
遥が自力で行けることもあって、彼方が送るというのは無しになった。
「あと、生徒会長目指してるって言ってたから。障害者にボランティアで貢献してるっていうの、選挙の時に受けがいいらしいよ」
「まあ、それはわかる」
俺も、そして遥も中学校では生徒会とは縁のない生活を送ってきた。それでも生徒会長が生徒の選挙で行われるのは知ってたし、投票はした。
生徒会長候補が全校生徒の前で演説を行い、これから学校をどうしたいか、あるいは自分がいかに優れた人間かアピールする場が設けられることは知っている。
障害者の世話をする、か。それはアピールポイントだな。
中学校の生徒会長なんて、そんなに権力はないものだけど、憧れるのはわかるとも。
選ぶ側も、中学生であってそんなに大人ではない。むしろ捻くれた感性のガキばかりだ。
それでも、善人アピールする意味があるのはわかるし、彼方の目標だというなら叶ってほしい。
「お姉ちゃんとして応援したいし、そのために障害者の姉っていう特徴を利用させてあげてもいいかなって思ってる」
「そうか。遥のそういう所、立派だと思うぞ」
「えへへ」
「けど遥自身は、人に頼ってばかりの人間にもなりたくないんだろ?」
「まあねー。そこは、わたしの中で折り合いをつけてるから大丈夫。わたし自身、誰かに頼ることが嫌なわけじゃないしね」
そうとも。遥は、そこはしっかりしてる。
遥自身については、なにも心配していない。そこから先は、神箸家の問題だから俺の立ち入ることじゃない。
「そうだな。なにかあれば、いつでも言ってくれ」
「うん!」
今日はそこで別れた。




