4-54.コスプレ趣味の終わり
「周囲に規制線を張って、人の出入りができないようにしておいたわ。こっちに来て。出られるルートを教えてあげる。あと」
樋口が、岩渕先輩の方を見て。
「はじめまして、岩渕剛さん。樋口一葉といいます。当然だけど偽名よ。警視庁公安部から来ました。あなたに、これからの注意事項とお説教があるからよく聞きなさい」
「え、あ。はい」
「よろしい。まずはちゃんとした服を来て。そのトンファーも隠して。……魔法少女が玩具のトンファーで戦うの、割と好きよ。使い方の指導はさせてもらうけど」
「わ、わかりました! よろしくお願いします!」
公安ってトンファーの使い方もマスターしてるんだ。すごいな。
魔法少女たちが変身を解除して、ラフィオも男の子に戻る。剛も、ワンピースを着て普通の女の子みたいな格好になった。
剛は魔法少女の姿だと引き締まった体つきで男っぽさもあるけど、ワンピース着ると全くわからなくなるな。
俺も覆面を脱ぐ。こうやって、普通の市民として街に溶け込みながら帰るわけだ。
「悠馬ー! 疲れた! 抱っこして! 家まで!」
「無茶を言うな」
愛奈は相変わらず俺に抱きついたままだ。
俺より小さな体だけど、家まで持ち上げて帰るのは無理だ。
「愛奈さん、僕が持ってあげましょうか?」
「嫌! お断りします! 悠馬がいい!」
「おやおや」
剛がそう申し出たけど、愛奈は即座に却下。
「慕われてるね、悠馬くん」
「そうなのか?」
「そうだよ。昨日の様子とは全然違う」
「ああ。そうだな。昨日の愛奈は、なんか力強かった」
剛に続いてラフィオまで、俺に近づいてわからないことを言う。
「そうするしかないんだろうさ。甘えられる相手がいないんだから」
ラフィオは耳元で、俺にだけ聞こえるように言った。
そうか。そうだよな。
「もー! みんなしてなによ!? わたしの悠馬に近づくな! 散れ! 男同士の会話は後でやりなさい!」
「はいはい」
「頑張ってね、悠馬くん」
ニヤニヤしながら離れていく男ども。まったくこいつらは。すぐに、つむぎと樋口にそれぞれ捕まってしまった。ざまあみろ。
それはそうとして。愛奈のことは俺が一番よくわかってるとも。
「姉ちゃん」
「んー? なにー?」
「抱っこは無理だけど、疲れてるなら俺に寄りかかっていいぞ」
「やったー! 悠馬だいすき! ぎゅーっ!」
「抱きしめろとは……まあいいか」
俺の姉ちゃんは、今回かなり頑張ってたからな。無理していたと言っていい。弱い態度で接することができる俺がいない中、年長者としての威厳を見せ続けていた。
どこまでできてたかは知らない。けど、相当しんどかったのだろう。
「姉ちゃんはなに食べたい?」
「お肉! みんなで食材買ってバーベキューしましょう!」
「またかよ」
「好きなんだもん!」
「わかったよ。付き合ってやる」
「ちょっとー? 悠馬の退院祝いなんだから、悠馬の好きなもの食べなきゃいけないでしょお姉さん!? 悠馬の好物はなに!?」
「ピラフ」
「知ってる! 作ってあげるけど! 他になにかないの!?」
「悠馬はお肉よりお寿司の方が好きなのよねー」
「あー。そうだな。そんな気はする」
「だったらバーベキューしたいとか言わないでください! せめてお寿司買いますよ! スーパーのじゃなくて、ちょっといいやつ! ここのデパートで売ってるかな」
「さすがに今日は営業中止だろうな」
「じゃあ、近くのどこかで買うしかないかー。それより悠馬、車椅子押して!」
会話に混ざってきた遥は、歩く俺たちに自力で車椅子を動かしてついてきていた。
車椅子は自分でも動かせるもの。そして。
「ごめんな。今日は姉ちゃんを支えてあげないと」
「そういうことなの! 遥ちゃんは離れてなさいな!」
俺は愛奈の腰に手を回して、身を引き寄せた。愛奈の方も嬉々として応じる。
「ぐぬぬ……元気そうなくせに……」
そうは言いながらも、遥は俺に重ねてお願いすることはなかった。俺の好物を重ねて聞いて、愛奈が俺を独占することは阻止していたけど。
精一杯の譲歩と優しさ、なんだろうな。
――――
穴を通ってエデルード世界に戻されたティアラは、その場でがっくりとうなだれた。
「パイン。どうして……」
「ティアラ。ごめんなさい。わたしが悪かったわ。さっさと、三人で帰れば良かったの。ごめんなさい。本当にごめんなさい……」
キエラもまた、申し訳無さそうな声で謝り続ける。
「ううん。違うの。キエラのせいじゃない。あいつらのせいだから……キエラは平気なの?」
謝られたら、ティアラも少しは冷静になれた。そして、最初から冷静だったキエラに問いかけた。
自分より子供に見えるけど、精神的にはずっと大人なキエラ。彼女は。
「平気なはずない!!」
堪えきれなくなったように、声を荒らげる。
「あいつら! パインを殺した! 許せない! それにラフィオも! コスプレなんて興味ないって! こんなものいらない!」
キエラが着ていた衣装を破くように脱ぎ、地面に叩きつけて何度も踏みつけた。
ティアラも同じように、服を脱ぐ。これを着ていると、パインが思い浮かんで辛いから。
コスプレなんかに興味を持ったから。魔法少女に憧れたから、パインは二回の死を迎えることになった。
こんなもののために。
「あの女たちが、ラフィオを誘惑したのよ。特に、あの青いの。あんなのと同じ格好するなんて、正気じゃないわ」
ややあって落ち着いたキエラが、下着姿のまま力なく座り込んだ。
「ラフィオを取り戻すのは、もっとちゃんとした方法でやりましょう。コスプレはやめるわ」
「うん。そうだね。パインは真剣にコスプレしてたし、わたしたちは真似するべきでもないよね」
「ええ。ええ……かわいそうなパイン……」




