4-53.姉ちゃんは相変わらず
だとしても、俺たちは怪物を殺さないといけない。その使命に迷いなんかなかった。
「彼女を見ろ。あの赤い魔法少女は、確かに変身してるわけじゃない。けど、脅かされる誰かを守るために体ひとつで戦っている。お前とは違う。本物の魔法少女だ!」
「うるさい! 死ね!」
「ティアラ!」
獣の姿のキエラが、二階から降りてきてティアラの前に立ちふさがった。
「あいつ! 殺してやる! 絶対に!」
「ええ! だけど今は堪えて! 状況が悪すぎる!」
「でも! でもっ!」
キエラは穴を作り、駄々をこねるティアラを押し込んで向こうの世界に消えていった。追いかける暇はなかった。
それに、フィアイーターはまだ暴れ続けているし。妙にでかいんだよな。
黒タイツはほとんど倒されている。戦いの終わりが近いのは間違いない。
「姉ちゃん!」
「ええ! さっさとあいつ殺して、悠馬の退院パーティーするわよ!」
「祝われるほどの大事じゃないけどな!」
「パーティーで飲みたいだけです! えっへん!」
「だと思ったよ!」
けど、元気そうで良かった。一晩顔を合わせなかっただけなのに、なぜか寂しかったから。
セイバーがフィアイーターの方へ駆けていく。そして細い腕が振られるのを回避して、剣で切り裂く。怪物の手首のところでばっさりと切断された。
なおも手足はバタバタと動き回り、百貨店のガラス張りの入り口に甚大な被害を与えていた。
俺も加勢しよう。
「悠馬くん。ありがとう」
「お?」
「僕のこと、本物の魔法少女と言ってくれて。戦うことを否定しないでくれて」
「ああ。俺も、そういう味方がいた方が良かったから……良かったので。けど、酔っ払いとかナンパ男をぶん殴ることについては、ちょっと控えてください」
「わかったよ。君は……敬語が苦手なら、無理しなくていいよ」
「別に苦手というわけじゃないけど……じゃあ、魔法少女として戦うときはタメで」
「学校では、普通に後輩として振る舞ってくれるならそれでいいよ」
さすがに陸上部では、敬語使わなきゃ駄目だよな。本当に苦手なわけじゃないし。
「おっと。下がって」
そう言いながら先輩は俺の前に出た。手首から先がない腕が迫ってくる。先輩はそれを、トンファーを腕に沿わせてさらに両腕をクロスさせることで受け止めた。
敵の方が巨大故に、先輩の体が大きく揺らぐ。俺は咄嗟にそれを支えた。
よく鍛えられた、引き締まった体。露出しているお腹というか腰のあたりを掴んだから、先輩の体つきがよくわかった。
「んっ……」
「変な声出すな。そんな趣味ないだろ」
「ははっ。まあね。ちょっとくすぐったかっただけ。この腕押さえられるかい?」
「やってやる!」
ナイフを強く握りながら、先輩の前に出てフィアイーターの腕を刺す。そのまま体重をかけて抑え込む。
俺の体重だけでは足りないからと、先輩も手伝ってくれた。
張ってでも逃げようとしていたフィアイーターの動きが止まる。なおも手足はバタついているし、生きようと必死なようだけど。
「セイバー! コアはたぶん頭だ! 切り開いて壊せ」
ラフィオの指示。彼もまた、足の一本を押さえつけている。その上からハンターが怪物の肩や股を狙って何本も矢を射ている。動きがかなり鈍くなっているフィアイーターの胴を、セイバーが駆け上がった。
やっぱり俺の姉ちゃんは頼りになるな。
この金時計は、薄い文字盤が四つ、四方を向くように取り付けられている。そのひとつをセイバーが大きく切り裂いた。
文字盤にはコアはない。四つのそれを繋いでいる中心点にあったらしい。
文字盤ごとそれを切り裂いたセイバーが、コアを確認。
「喰らえー! セイバー突き!」
気合いが入る以外、特に意味のない叫びと共に剣がフィアイーターを貫く。コアが砕けて、フィアイーターはゆっくりと消滅していく。
後には、壊れた駅のシンボルが残った。それも床に向けて大きな音と共に倒れる。これも、後で再建されるのかな。
フィアイーターに乗っていたセイバーは、その消滅に伴って落ちることになった。彼女がいたのは、手すりの外側。つまり。
「うわっ!?」
なんとか床の崖っぷちに掴まったけれど、二階の高さでぶら下がることになって。
「ねえ悠馬! 助けて! 下に来て受け止めて!」
「いや。何やってるんだよ」
「だってー!」
さっきまでは少し格好よかったんだけど、姉ちゃんは相変わらずだ。ゆっくりとセイバーの下に向かっていって。
「もー。悠馬ってばわたしのスカート見上げちゃって。そんなにお姉ちゃんのパンツ見たかった? 男の子よねー」
「自分で降りろ」
「わー! ちょっと待って! 受け止めて!」
「断る! てか、よく考えたら自力でなんとかできるだろ」
魔法少女なんだから。この程度の高さ、飛び降りても容易に着地できるだろう。それに上に登るのも簡単だろうから。
俺をからかうためにピンチなふりしてたのか。一瞬とはいえ乗ってしまった俺も迂闊だった。
「もう! お姉さんふざけないでください! 上から引っ張り上げてあげますから!」
「遥ちゃんのお姉ちゃんじゃないもんねー。それに、悠馬に受け止めてほしかっただけです! よっと」
俺が来てくれないと悟ると、すぐに自力で降りてきた。最初からそうしろ。
「悠馬ー。元気そうでなにより! 晩ごはん何食べたい? お寿司? 焼き肉? うなぎ? 樋口さんが何でも奢ってくれるわよたぶん」
俺に抱きついて満面の笑みを浮かべながら話しかける。気軽に公安の財布を頼ろうとするな。
「今回は出さないわよ。さすがにこの人数に、高いお金は出せないから」
すると、図ったように樋口がやってきた。遥の車椅子を押している。




