4-49.ラフィオとキエラ
キエラが大きな獣から再びコスプレ少女に戻ると、体が小さくなったためにラフィオの手から抜け出すことに成功。
そしてスカートがめくれることも気にせず、床を転がり距離を取る。ハンターの矢は何もない硬い床に刺さった。
「ねえ! ラフィオ! 見て! わたしをよく見て! この格好、あなたのために用意したのよ!」
なおも狙ってくるハンターの手元を警戒しながら、キエラが呼びかけた。
「よくできてるでしょ? ラフィオがこういう格好が好きなら、いっぱいしてあげるわ! 戦う時しか着ない、そこの女よりもいいでしょ!?」
「黙れ。僕はお前がどんな格好をしていようと興味はない。僕はお前と添い遂げる気はないし、子供を作りたくない。それだけだ!」
「だよね! ラフィオはわたしと結婚するんだもんね!」
「いや。それも違うけど」
「ラフィオ! どうしてもこのわたしが嫌いなの!? お母さんの言うこと聞けないの!?」
「ああ! 嫌いだ! 世界を作る使命とか、母親の言うことなんかどうでもいい! 僕は好きなように生きさせてもらう!」
「この……わからず屋!」
ああ。自分に都合の悪いことも聞こえるというのは、ハンターよりも少しはまともか。
それでも好きにはなれない。
キエラにも使命感はあるのだろう。けど、自分の自由を目の前の女のために捨てる気にはなれなかった。腹いせに人間の世界を壊そうとするのも許せない。
憎らしげな顔をして睨みつけてくるキエラは、これは簡単には撤退しなさそうだと確信できた。
こっちに飛びかかってくるか? そしてハンターを倒して、ラフィオの身柄を向こうに連れ戻すつもりだろうか。
されるがままになるつもりはなかった。
下では戦ってる音が聞こえる。ハンターに上から掩護させるつもりだったけど、予定が狂ってしまった。あいつが執着するからだ。さっさと引けばいいのに。
「ハンター。下を狙えるか?」
「え? うん。けどキエラは」
「僕が戦う。殺せそうな瞬間があれば攻撃してくれ。けど基本は、下の掩護だ」
「うん!」
キエラを殺すのも大事だ。けど、そこまで簡単にできることじゃないのはわかる。あんな嗜好なのに、頭のいい奴だし逃げ足も早い。
今はフィアイーターを倒すことを優先した方がいい。キエラを討つのは、もっと準備をして逃げられないようにしてからだ。
「ラフィオ! ラフィオラフィオラフィオ! 絶対にあなたに、振り向かせてやるんだから!」
怒り狂ったキエラが再度獣になり、こちらに飛びかかってくる。牙を剥いて、多少手荒な真似をしてでもこっちを制圧するつもりだ。けれどそれでも、冷静な部分は残っている。
ハンターが彼女の足の位置を予測して放った矢は避けられた。
ラフィオはキエラの牙を回避して、細い手すりの上に乗る。ここは、エスカレーターと外を繋ぐ、ほんの僅かな細長いスペース。
エスカレーターの対面数メートルには、外に繋がるガラス張りの扉が並ぶ。細長いスペースの片方はすぐに壁になっているし、もう反対側は駅ビルを登るエレベーター乗り場を兼ねた通路になっている。壁があるから、金時計が立つ広場を弓で狙うことはできない。
動くラフィオの背中に乗りながら、ハンターは器用に黒タイツたちを上から射抜いていた。
外に出たり通路に入ったりして、ハンターの射線を切るのは避けるべき。
この限られたスペースで、キエラを引きつけ追いかけっこをして、隙あらば殺す。正確には、殺されると思わせて撤退させる。
なおも噛みつこうとするキエラを、ラフィオは手すりの上を器用に歩いて回避。エレベーターのところまでくるとそれを飛び越え、床に着地。
その間も、ハンターは黒タイツやフィアイーターを攻撃していた。黒タイツはともかく、体が細すぎる上に回避を最優先して動き回っているため、そっちには命中させられてはいない。
セイバーやライナーも頑張ってはいるけど、黒タイツが多いから手が足りてない様子だ。先に黒タイツを一掃した方がいいのだろうか。
――――
「もう! 金時計ならじっとしててよ! 動き回らないで!」
「フィー!」
「ああもう! 邪魔!」
なんとかフィアイーターの足を蹴飛ばしてバランスを崩そうと考えているライナーは、後ろから飛びかかってきた黒タイツに回し蹴りの標的を変えた。
「お姉さん! 先輩! ちゃんと黒タイツなんとかしてください!」
「うるさいわね! こっちもそれどころじゃないのよ! あとお姉さん言うな!」
それに言い返すだけの余裕はあるのか。それでも、精一杯ではあるらしいけど。
「ええっと! てい! ティアラちゃん! これでいいの!?」
「いいと思う! とにかく、キエラの助けにならないと! えいえい!」
「あんたたち! やめなさいよ!」
ティアラとパインがセイバーに襲いかかっていた。
戦いとは無縁な生活を送っていたらしいふたりは、ただただ勢いのまま殴りかかるくらいしかできない。
それでもフィアイーターだ。攻撃を食らえば、普通の人間ではひとたまりもない。
セイバーは岩渕先輩を守るように前に出ながら、ふたりの攻撃を捌いている。相手は素手だし、セイバーは光の剣を持っているから二対一とはいえ負ける道理はない。
問題は、ティアラもパインも素人ゆえ及び腰で、慎重に動く上に動きも反射神経も人間を超えているということだった。




