4-47.模布駅の金時計
「ティアラ! パイン! この無礼な男を殺すわよ! そうだ。ラフィオも来るでしょうから、わたしたちと魔法少女、どっちが魅力的か決めてもらいましょう!」
キエラに迷いはなかった。まだそこにいると思われる赤い魔法少女の元に穴を通じて行く。
「こんにちは、偽物魔法少女さん! 悪いけど、あなたのこと嫌いなの! 死んでもらえるかしら!?」
力強く言い切ると、その場にあった最も目立つもの、背の高い金色の時計にコアを入れた。
それはすぐさまフィアイーターに変わり、さらにサブイーターも周りに大量に展開。
偽物魔法少女にカメラを向けていた人々は、泡を食って散り散りに逃げ出していった。
「みんな! 落ち着いて避難してくれ! みんなのことはわたしが守る!」
赤い魔法少女は、さっき自分で打ちのめした男も立たせて逃がす。そして傍らに落ちているトートバッグから、何かを取り出した。
キエラには、奇妙な形をした玩具にしか見えないそれを、偽物魔法少女は武器のように構える。そしてサブイーターの一体に向けて踏み込んだと思えば、武器で思いっきり打ち付けた。
短い柄を握る強さを調節して、長い棒の向きを自在に変えながらサブイーターを何度も殴る。ある一撃が顔面にヒットして、サブイーターは昏倒。
偽物魔法少女はそいつの顔面を思いっきり踏み抜き、とどめとばかりに首を蹴って折った。
消滅していくサブイーターを前に、偽物のはずの魔法少女が自信ありそうな笑みを浮かべた。
――――
双里家の日曜日は、悠馬がいないため普段より少し静かだった。
つむぎはお構いなしに家に押しかけている。愛奈の眠りを起こさない程度に騒いで、ラフィオを握りしめながらテレビを見ていた。
遥も来ると言っている。悠馬はいないけど、習慣になってしまっているから朝ごはんを作りに来ると。
最近は悠馬が遥の家まで迎えに行くことが多いのだけど、今はいないもんな。テレビが終わったら、つむぎとラフィオで迎えに行こうかと話してたところ。
遥は車椅子で問題なく移動できると言うけれど、なにかあっては心配だし。
そんな感じで、悠馬がいない中でも日曜日の朝は平穏に過ぎていた。昼過ぎには、麻美の車で悠馬も戻ってくる。そして日常が再開される。
はずだった。
「フィアイーターが出た……」
ミラクルフォースの後の特撮ヒーロー番組が終わった後、遥の家に向かおうかとなったその時、ラフィオは気配を感じた。
遠い。
直後、つむぎのスマホがけたたましく警報音を鳴らした。
模布駅の、有名な待ち合わせ広場に出たらしい。
「金時計のところだねー」
「ここの市民にはおなじみの場所なのか?」
「みんな知ってるよ」
「そうか。つむぎ、遥に連絡して現場に行くよう言ってくれ。僕は愛奈を起こしに行く」
ラフィオは愛奈の寝室に走る。あいつのことだから起こすのには苦労することだろう。フライパン持っていくべきだろうか。
「愛奈! 起きろ」
「ええ! ちょっと待って! パジャマから普通の服にだけ着替えさせて! すぐにやるから!」
「……え?」
部屋のドアを開けようと声をかけたところ、まさか返事が来た。
起きがけなのは事実らしく、少し眠そうな口調ではある。けど、はっきりと受け答えはしていた。
「どうしたんだ愛奈。なにか変なものでも食べたのか?」
「あんたが作ったご飯しか食べてないわよ。あとお酒もか。そうじゃないわ。昨日、高校生くんにあんなこと言ったんだもの。ちょっとは頑張らないといけないでしょ。なんというか。魔法少女として。社会人として!」
衣擦れの音と共に、ラフィオの疑問に答える声がする。
「そうか。普段からそうしてくれると嬉しいんだけどな。悠馬も楽できるだろう」
「それは嫌。ほら、行くわよ。わたしたちの街のシンボルを怪物にするなんて許せないわ」
「あ、ああ」
珍しくやる気がある愛奈に、ラフィオは戸惑っている。
玄関前で待っていたつむぎも同様で。
「あ、愛奈さん。いつもとちょっと違いますね」
「ええ! 今日は頑張ります! ほらつむぎちゃん! 変身するわよ!」
「はい! デストロイ! シャイニーハンター!」
「ライトアップ! シャイニーセイバー!」
玄関にて変身コードを叫ぶ。ふたりの体が光に包まれた。
「闇を切り裂く鋭き刃! 魔法少女シャイニーセイバー!」
「闇を射抜く精緻なる狩人! 魔法少女シャイニーハンター!」
傍から見れば、変身は一瞬にして完了する。そしてハンターは当たり前のように巨大化したラフィオにまたがる。
いつもは自分の足で現場に向かうことが多いセイバーも、今日は乗せてあげよう。ふたりしかいないし、今日はやる気あるみたいだしな。
――――
つむぎから連絡を受けた遥も、スマホでフィアイーターの出現は察知していた。
両親にはいつものように悠馬の家に行くと行って外出。フィアイーターの出現場所はここから離れてるし、危険はないからと両親は何とも思わずに送り出してくれた。
これから怪物の所に行くことを、両親は知らない。ちょっと気が咎めるけど、世界のためだ。
「あ、樋口さんですか?」
『今、あなたの家の近くに向かってるところ。澁谷よりも早く着けるから、車椅子の回収は任せて』
「お願いします! えっと、細い路地の目立たない所に隠したので!」
電話を切ってから、車椅子と周囲の風景を動画で撮って送信。それからようやく変身をする。
「ダッシュ! シャイニーライナー!」
変身すると暖かな光に包まれて、服が変わっていく感覚がする。それから、無くした足が生えていくのも感じた。
自分の感覚では、割と時間をかけて姿を変えているのだけど、周りから見れば一瞬のことらしい。不思議だ。
「闇を蹴散らす疾き弾丸! 魔法少女シャイニーライナー!」
変身を終えたライナーは高らかに名乗りを上げて、ダッシュで駅まで走ろうとして。
「おっと。忘れ物」
車椅子から、悠馬のナイフを取り外して握る。彼もきっと来るだろうから。
改めて、駅に向かって走る。
まずは最寄り駅へ行き、それから線路伝いに行けば模布駅まで近づいていく。特徴的な駅ビルが見えたら、まっすぐそこに向かえばいい。




