4-46.魔法少女シャイニーファイター
翌日、外出できるような雰囲気ではなかったけれど、剛はなんとか抜け出すことに成功した。
仕事人間の父は休日でも忙しそうにすることが多いし、母もそれを支えるのに忙しい。隙はいくらでもあった。
夜の内に、赤い魔法少女の衣装もできる限り手直しした。沢木の家でやったのは応急処置だったから。縫い目もできるだけ目立たないようにする。限られた時間だったから限界はあったけれど。
そして衣装を着て、クローゼットの奥に隠しておいたワンピースをその上に羽織る形で着込んで外出したというわけだ。これで普通の女の格好から魔法少女に、ワンピースを脱ぐだけで一瞬で変身できる。
先日、夜のコンビニで酔っ払いを撃退した時も使った、あらかじめ考えていた手段だ。
さすがにウィッグまではつけられない。魔法少女の髪色は普通の人間としては派手すぎる。だからショートカットの女を装うしかない、
それから、女物のトートバッグも用意。女性の服はポケットが少ないから、財布やスマホは鞄に入れなければいけないというのは、ワンピースを手に入れてから初めてわかったこと。
このトートバッグに、昨夜手渡されたトンファーも入れて、化粧も薄めにやることで女装は完了。剛は駅にやってきたというわけだ。
待ち合わせをしている者たちで溢れている金時計の周りを、何度も歩き回る。この前の酔っ払いのようなならず者がいれば、変身して叩きのめそう。この時間にはさすがにいないだろうけれど。
だったら、いるのは。
「ねえねえ。もしかしてナンパされ待ちだったりしない?」
あまり知性の感じられない声で、剛に話しかける者が。
髪をピンクに染めた男。服装含めて若作りしているのは察せられるけど、顔を見ればそんなにハリが感じられない。三十代後半か、もしかしたら四十代に差し掛かっているかも。
若い女をナンパするには、ちょっと無理がある年齢だ。本人はまだ若いと自覚していて、目の前の女と吊り合っていると思っているのかもしれないけど。
「いいえ。ひとりで遊びに来たので」
女の声を作って拒絶する。それで引き下がるような男なら、痛いだけで悪人じゃない。
そしてこの男は違った。
「待てよ。そんな風には見えないよ?」
待ち合わせスポットでウロウロするような女が、ひとりで遊ぶために行動しているとは思えない。彼はそう踏んだのだろう。
剛の進路を遮るように立ちはだかった。
「ねえ。せっかくなら二人で遊ばない? 奢るよ?」
「話しかけないでください」
「まあまあ。待ってよ」
優しく親しみやすい声を作ろうとして、気持ち悪い猫なで声にしかなってない口調と共に手を伸ばし、剛の手首を掴んだ。
「触らないで!」
そして剛は男の手を振り払い、次にワンピースのボタンを素早く外す。
拒絶されたことよりも、目の前の女が突然服を脱ぎだした光景に男は戸惑い、動きを止めてしまった。なにかおかしいと感じてるだろうに逃げようとしなかったのは、女が脱ぐ光景が見たいという下心が行動を邪魔したからだろう。
なんて馬鹿な男だ。
一瞬後には魔法少女となった剛は、呆けたようにこちらを見ている男に一歩踏み出すと、顔面を思いっきり殴って昏倒させる。
元々人が大勢いる待ち合わせスポットだ。既に何の騒ぎだと周りの眼とカメラがこっちを向いていた。中にはジャーナリスト気取りで動画配信を始める者すらいた。
好都合だ。
剛は倒れた男の胸に足を置いて踏みつけながら、周りの聴衆に聞こえるように高らかに話す。
「聞いて! わたしは四人目の魔法少女! シャイニーファイター! これから魔法少女たちと一緒に、街の平和を守っていきたいと考えています!」
赤い魔法少女の登場に、周囲はざわめき始めた。それから、足元に倒れている男にも注目がいく。
誰かが叫んだ。その人も怪物なのかと。
「いいえ! 彼は女性に強引に手を出そうとした卑劣な男です! わたしは、怪物だけじゃなくて善良な市民に手を出そうとした人間の悪人も退治したいと思う!」
この方針を、悠馬たちが支持するかはわからない。窘められたら、その時は潔く引こう。けど、今はこうさせてほしかった。
「わたしにとっては、こういうつまらない人間も、怪物も同じものなの! 大した違いがあるように思えないから!」
――――
「あの。これ……向こうで、その。わ、話題に、なってます……」
人間界の様子を見ることができる鏡。そこに、向こうのインターネットで多く拡散されている動画を、パインはキエラたちに見せた。人間だった頃の習慣のまま、SNSを眺めていたら見つけたものだった。
昨日の赤い魔法少女が、大勢の人間の前で演説している。ライブ配信されている映像らしい。
こいつは魔法少女じゃない。女ですらない。だから何をしようが、キエラには大した興味はない。そのはずなんだけど。
「ナンパするような男が怪物と違いがない? フィアイーターがこんなつまらない男と並んで語られるの? 嫌! 絶対に嫌! 偽物の魔法少女に言われるのはもっと嫌!」
何がキエラの機嫌を損ねたのかはわからない。けど、彼女は激しく怒った。




