4-44.モッフィーの戦い方
スマホをスピーカーにして、こっちにも会話が聞こえるようにして。
「もしもし樋口さん? 話しはついたわ。あの子は大丈夫。探してる警察は撤収させなさい」
『あのね。そういうことは一人で勝手に決めないでくれるかしら?』
「いいでしょ。うちの家庭の問題よ」
『……まったく。わかったわ。あなたの思ったより強いところに免じて、今回はこれでおしまいにしてあげる』
「どうも。警察の厄介になりかけた、あの子はどうなるの?」
『怪物騒ぎに巻き込まれた可能性があるとかで行方がわからなくなってて、探してたってことにするわ。警察の勘違いで、本人は無事だったとかそういう風に片をつける』
「ありがとうね」
『いいえ。こちらこそよ。魔法少女になり切って、正体まで把握している不審者を、あなたが解決するとは思わなかった』
「わたしも立派な大人だから」
『はいはい。じゃあ、またね』
頼れる大人という風な様子で話を切り上げた愛奈は、電話が終わると壁にもたれかかった。
「疲れるわね、こういうの」
「お疲れ様。ビール飲むかい?」
「ええ。お願いするわ」
そして愛奈は、自分の足でテーブルまで歩いていった。それに少し驚きながら、ラフィオはビールを取りに冷蔵庫まで駆けていく。
――――
「結局、この格好が本物より出来ているのか、よくわからなかったわね」
会場から戻ってきたキエラは、一番知りたかったことがわからなかった事実に不満を呈した。
「あの。本物、より、うまいコスプレって、ないと思います……」
「あら、そうなの? コスプレって難しいわね」
「そういう、ものですから……。でも、楽しい、です」
「ええ。それはわかるわ! コスプレって楽しい!」
パインの答えは、魔法少女を上回りたいキエラにとっては都合のいい物ではなかった。それでも不機嫌にはならない。
新しい楽しさを知ることができたのだから。
「ね、ティアラもそう思うでしょ? コスプレするのって素敵よね!」
「うん。わたしも同じ。それに……友達もできたし」
キエラの思いつきとはいえ、パインという仲間ができたことが、ティアラには何より嬉しかった。
人間の中では、変な名前として白い目で見られてきたけど、今はひとりじゃない。ここでは、ティアラを笑う者はいない。
それにパインは、コスプレに詳しいならファッションにも詳しいのだろう。
あの頃できなかった、いろんな服を着ておしゃれするのを、この人とならできるかもしれない。
年上のお姉さんだし、ちょっと大人しいけど頼りになることも多いし、一緒にやりたいことはいくらでも思いついた。
「あ、あの。ティアラ、さん?」
パインの横に来て体を寄り添わせると、彼女は戸惑ったような声を出した。
「なんだかお姉ちゃんができたみたいなの。嬉しい」
「そ、そう。お姉ちゃん……」
「素敵だわ! わたしたち、友達だし、家族なのよね!」
キエラの声が胸に染み入る。
そうだ。わたしたち、家族なんだな。
――――
日曜日の朝が来た。
俺のスマホは静かだった。なにか、俺が助力をしなければいけないほどの緊急のトラブルはないってことだ。
たぶん岩渕先輩の件もうまく行ったのだと思う。何も心配することはないから、お前は大人しく寝てろ。そういう気遣いだ。
そういうわけで俺は、病院の小さなテレビで朝からミラクルフォースを見ることになった。
『七海! 変身してあいつをぶっ殺すウサ! 僕はみんなを呼んでくるウサ!』
話も佳境に入ってきた。
街で怪物が暴れている状況で、近くにいるのは主人公の七海だけ。彼女がミラクルシャークに変身して被害を食い止めている間に、妖精であるモッフィーが仲間を呼びに行ってるらしい。
ウサギのぬいぐるみに似つかわしい、恐るべき俊敏さで駆けていく。
しかし途中で、逃げる途中で両親とはぐれてしまったと思われる小さな少女が通りかかる。ミラクルフォースの存在自体が極秘の設定らしいために、妖精であるモッフィーも単なるぬいぐるみのフリをしてやり過ごそうとするのだけど。
『ウサギさん。あなたもはぐれちゃったの……?』
少女が話しかけながらモッフィーを手に取った途端。
『違うウサ! 僕はウサギさんじゃないウサ! モッフィーだウサ! 間違えちゃダメウサ!』
『うわーん!』
突然のことに驚いた少女がが逃げ出して、その先に母親がいたために再会。彼女はモッフィーのことは頭から抜けたようで、そのまま一緒に去っていく。
モッフィーも他の仲間と合流できたようだ。赤い戦士のミラクルイーグルがチームのリーダー格らしく、みんなに指示を出していた。
敵の幹部らしい、白い髪の制服姿の女の子とシャークが激しく戦闘している間、他の戦士が協力して怪物に対処している。
「覆面被ってる奴はいないな……」
残念ながら、ミラクルフォースの戦いには一般人の入る隙はなさそうだった。でも。
『これでも喰らえウサー!』
モッフィーが落ちていた石を投げた。それが敵幹部が動いた足のすぐ下に来たものだから、彼女はバランスを崩してしまう。そこにミラクルシャークのハイキックが直撃。
少女の体は錐揉み回転しながら宙を舞い、近くの建物の壁に激突した。
子供向けアニメって思ってたよりアグレッシブだなあ。ミラクルフォースは中学生の女の子だけど、それと戦ってた制服姿の女の子も人外らしいけど同い年くらいだったぞ。平気で蹴り飛ばすなんて。
『やったウサー!』
『ありがとうございます、モッフィー』
『僕が本気出せばこんなものだウサ!』
ミラクルシャークの手のひらに乗るようなサイズのモッフィーが、悪の組織の幹部という強敵を倒す手助けをした。




