4-40.陸上部の沢木
剛が向かった先は。
「珍しいっすね。先輩が来るなんて」
「たまたま近くに用事があってね。それに、やらなきゃいけないことが出来たから。部屋を貸してくれてありがとう、沢木くん」
「お安い御用っすよ!」
部活の後輩の家にお邪魔させてもらった。
沢木という彼は、遥や悠馬とクラスメイトだったはず。
陸上部員としての成績は優秀で、部活に真摯に取り組む姿勢は結構だけど、彼女が欲しいという欲望が空回りしているのが欠点。
部の女子にも一通り告白して、全て撃沈してるという噂だ。
彼女ができれば即デートをするため、週末には予定を入れないのがモットーの男。つまり、訪問すれば確実にいる。
剛の家とも近いのもあって、一時的に匿ってもらうことにした。もちろん、本当のことなんか言えないけれど。
「やらなきゃいけないことって……それっすか?」
「ああ。そうだよ。魔法少女風のコスプレ衣装さ。破れちゃったから縫い直さないと」
「それ、まさか先輩が着るんすか? 似合いそうではありますけど」
「まさか。……彼女のものだよ。訳合って僕が預かることになったんだけど、こうなっちゃったから」
「え、先輩彼女いたんすか!?」
彼氏がコスプレ衣装を預かることに疑問を持たず、彼女の存在に食いつくのはさすがだ。剛は存在しない彼女について考えなければいけなくなった。
「うん。そうなんだ。うちの生徒じゃないんだけどね。家同士が仲が良くて」
「どんな子なんすか!? 写真見せてください!」
「ごめんね、今、持ってなくて。写真そんなに好きな子じゃないんだ」
「そうっすかー。残念。けど、写真は好きじゃないのにコスプレはするんっね」
「そ、そうだね……」
鋭い。コスプレなんて目立つような趣味をする人間が、写真に撮られるのを忌避するなんて珍しい。
咄嗟の言い訳なんて、そううまく行くものじゃなかったか。
「あ、もしかしてコスプレするの、他の人に見てもらうためじゃなくて、先輩にだけ見せたいとか、そういうやつっすか!?」
「え、あ。うん。そうだよ」
「くぁーっ! 羨ましい! 羨ましいっすよ先輩!」
沢木は己の体を抱きしめるようにしながら、クネクネと体を揺らした。彼の脳内で、どんな妄想が繰り広げられているのかは知らない。そんな彼女は存在しないというのに。
けど、勝手に納得してくれたのは良かった。
「いいっすねー。彼女にコスプレ。先輩、どうやったらそんな彼女できたんすか!?」
「それは……」
答えられるはずがなかったから、ごまかすことにした。
彼が聞きたいのは剛の馴れ初めではない。いかにすれば自分にも彼女ができるかのアドバイスなのだから。
「もっと身近な例を参考にした方がいいんじゃないかな? クラスメイトにもカップルはいるでしょう? 神箸さんとか」
「あー。あいつ、俺の告白断ったと思ったら、双里なんかと付き合いだして。あいつのどこがいいのやら。……まあ、良い奴だけど」
ここで、悠馬のことを悪く言わないのが沢木の美点だ。
せっかくだ。話題が移ったのだから、尋ねさせてもらおう。
「双里くんか。最近、陸上部に出入りしてるって聞いたよ。どんな子なんだい?」
「良い奴っすよ。ノリもいいし、頭もいい。誰とでも仲良くしてくれるし。親切……って言うべきかわからないっすけど、神箸とバス停が一緒だから、毎朝車椅子押したりしてあげてるらしいっすよ」
「なるほど、そうなんだ」
「あと、俺もよく知らないんすけど、両親が事故で亡くなったそうっす。それで、働いている姉ちゃんと二人暮ししてるって」
「そんな……」
「ん? どうしたんっすか? 先輩?」
「い、いや。なんでもないよ。思ってもない事情だったから、驚いちゃって」
「そうっすよねー。あれで、苦労人なんすよ。彼女くらいできても罰は当たりませんよね」
再び彼女云々の話を始めた沢木だけど、剛の耳には少しも入って来なかった。
彼の姉ということは、まだ若いのだろう。もしかしたら、倒れた悠馬に真っ先に駆け寄ったピンクの魔法少女こそ、姉なのではないだろうか。
両親を失い、姉とふたりきりになった悠馬を、剛は負傷させてしまった。もしかすると命に関わる怪我をしたのかも。
あの魔法少女から、たったひとりの弟まで奪ってしまった。そんな嫌な想像が頭から離れなくなった。
「先輩? どうしたんすか? 顔色が悪いですよ?」
「え、ああ。疲れているのかな」
「やっぱ彼女持ちには、男の部屋なんて居心地悪いっすよねー」
「そんなことはないよ。けど、彼女が待ってると思うから、行かないと」
悠馬の安否を確かめないと。それに、警察がこちらの行方を探しているなら、家に帰っていない以上は学校での知り合いに捜査の手が伸びるのは確実。
沢木に、いつ連絡が来るかわからない。
ちょうど、衣装の応急処置も終わったところだ。破れた箇所を急いで縫ったから、一部は縫い目が目立つけど仕方がない。
「そうっすか! また彼女さん紹介してください! ついでに彼女さんの知り合いの女の子とかいたら、教えてほしいっす!」
「ああ。またね」
剛は逃げるように沢木の家を出る。ある程度離れたところで、スマホを取り出した。
両親からの着信が数件来ている。普段ではありえないこと。家に警察が来て、事情を話したのだろう。
沢木に連絡が来る直前になっていたのだと思う。ギリギリで抜け出せた。
今は両親と話したくない。悠馬の状態の方が心配だった。彼の連絡先は知らない。けど、遥には連絡できる。
彼女は魔法少女だ。接触には危険がある。剛に恨みを持っただろう、悠馬の姉とも繋がってしまうかもしれない。
けど、やらないわけにはいかなかった。




