4-38.ヴィジランテ
「そういう奴が一枚噛もうとしてくるの。中央の椅子にふんぞり返ってるなら、こっちに口を出すなって話よ」
「あー。ここの政治家じゃなくて、国会議員とか警視庁の」
「そう。警視庁というより警察庁だけどね。こっちの政治家は、市長が良識派だから魔法少女には協力的よ。その意向を聞いてくれる警察も同じく」
「東京の奴らが口を出して、なんとかしろって言ってくるのか」
「全国から注目を集める案件なのは確かだからね。コンビニに窃盗団が入ったとき、啓蒙動画を作れって言った人たちと認識してもいいわ」
こっちに面倒ごとばかり振りかけてくる連中か。
「ま、そういう奴らは現場をわかってないから、軽くあしらえるのだけどね。ざまあみろよ。意見があるならこの街に視察に来ればどうかと聞いたら、顔を青くしたわ。警備体制がどうとかスケジュールに余裕がないとか言って断ってくる」
自分が、怪物がいつ来るかわからない街に行く度胸はない、か。
「こういう話は現場に任せて、お偉方は金だけ出してればいいのよ」
「日頃から大変なのね。樋口さんも社会人だから。クソ上司と折り合いがつかないとか、あるのよ」
「大変なんだな」
「わたしも大変だよー。社会人と魔法少女を両立させるのは」
「わかったから。そろそろ離してくれ」
「やだ」
「そこ。本当にわかってるのかしら? 悠馬の入院費用も、上司から文句言われながら出したんだからね」
「悪かったよ……」
「別に。悠馬が悪いとは思ってないわ。戦ってれば怪我することもある。悪いのは、そんな当たり前をわかってないお偉方よ」
そういうもの、なのかな。
「でも構わないわ。世界を守るために戦ってるあなたたちを助けること、楽しいからね。椅子を温めながら政治に執心するより、よっぽどね」
「樋口さんいいこと言うよねー。わたしも、やる必要なさそうな会議ばっかりやってる課長よりも、外回りの営業の方が楽しいと思うし」
「気が合うわね」
社会人がふたり、ハイタッチする。愛奈は俺に片手を回したままだ。
「そういうわけで、上はコスプレイヤーにいい顔をしていない。コスプレ窃盗団が出て、片割れがフィアイーターになったこと含めてね。そして、彼よ」
話が岩渕先輩に戻った。
今のところ、彼の活動で確認できているのは、昨夜の酔っ払いの鎮圧とさっきの格闘のみ。
「本人から話を聞いたわけじゃないけど、目的は予想がつくわ。ヴィジランテよ」
「……?」
「自警団。司法の下に就いているわけでもない者が、正義心なんかで悪を相手すること。いわゆる、私刑を下す人間」
「なるほど」
つまり、警察の取り締りの対象だ。
「あなたたちは、一応は司法の庇護化に置かれてる。けど、この謎のコスプレ魔法少女は違う。今、警察が探してるところよ。上からの指示でね」
コスプレ趣味に理解があるわけじゃない、面倒ごとを嫌うタイプの警察の上層部の指示か。さらに上には政治家もいるってこと。
口だけ出してくるいけ好かない奴ら。ただし守ってきた椅子の地位だけは高く、故に己に絶対的な権力があると認識している者。
奴らが、捕まった岩渕先輩に丁重な扱いをするとは思えなかった。
特に、彼が俺たちと知り合いであることを知られたら、こちらにも面倒がふりかかりそうだ。
「わたしと、ここの警察の手で捕まえたい。そして見つからない所に匿いたいの。中央のお偉いさんの手が届かないところにね。逮捕すると、そうはいかなくなるから」
「岩渕先輩を守ろうとしてるのか?」
「ええ。まあ。……あなたが怪我した原因のひとつではあるわね。もしかして恨みが? 破滅してしまえばいいって」
「いや。それは思わないけど」
「魔法少女の知り合いなら、わたしも丁重に扱いたい。真意は問いたいけどね。というわけで、遥」
「はい!」
この場で、岩渕先輩について一番詳しいのは遥だ。樋口に見つめられて、車椅子に座ったまま姿勢を正す。
「この人物について、詳しく教えてもらえないかしら?」
「あ、はい。岩渕剛。うちの高校の三年生で、陸上部のマネージャーです。マネージャーは何人かいるけど、唯一の男子です。いつも、選手のみんなと一緒になって走ったり鍛えたりするほど練習熱心で、でも大会には出られないとのことです。なぜなら――」
――――
岩渕剛の父親は、模布市にある大手の自動車部品メーカーの社長だ。
国内のみらず、海外の自動車メーカーの多くにも部品を卸している、一部上場企業。企業が主な顧客の、いわゆるBtoBの会社ゆえに一般消費者からの知名度は低いが、世界中に工場を持っている。
製造業が盛んな模布市においても、屈指の規模を誇る大企業と言っていい。
そんな企業ゆえに、社長の息子が次の社長になるというほど単純なものではない。しかし、父は剛を自分の会社に入れたいと考えているし、ゆくゆくはそこで会社を支える存在になってほしと考えていた。
故に、父は剛を国内外の会社の要人によく会わせていたし、今のうちから仕事のなんたるかを教えるという教育方針をとっていた。
世界中に拠点を持ち、世界中に顧客がいる会社故に、父は剛をよく海外に連れて行った。
先日まで世界中を飛び回る長めの出張に同行したために、学校にはしばらく行けていなかった。陸上部に出入りしている、遥の同級生についても知るのが遅れてしまった。
もちろん、世間を騒がす怪物と魔法少女についても把握が遅れた。海外に向かう直前くらいに、最初の怪物が出たのではなかったかな。
今思えば、父が海外出張を長引かせたのは、息子を怪物が出る危険な模布市に戻したくなかったからなのかも。
社長がずっと本社を離れるわけにはいかないから、結局は戻ったのだけど。




