4-35.油断
事情はわからないけど、この男は悪と戦うためにここに立っている。
「悠馬くん。君と戦いたい。力になれる」
「なんで俺の正体を知ったかは知りませんけど、逃げてください。人間が相手するには危険すぎる相手です」
「君もただの人間だけど、戦ってるじゃないか」
「……」
確かにそうだ。俺は、人間より強い相手と、人の身で戦っている。この部外者の先輩と、なにが違うと言うのだろう。
「っ!」
考えている暇はない。フィアイーターたちは押されていて、戦いの終わりは近い。奴らは二体いるとはいえ、そこまで強くはないようだ。
それまで魔法少女たちを守るのが俺の使命。黒タイツたちは俺にも容赦なく襲ってくる。
掴みかかってきた腕を避けながら、姿勢を低くしてタックルする。奴が地面に倒れた隙に、胸にナイフを刺す。
そのために身を屈めたところ、後ろから敵が迫ってきた。立ち上がって迎撃する暇はないから、芝生の上に倒れ込んで転がって回避。急いで立ち上がって、そいつの背後をとって首をナイフで切り裂く。
次は誰だ。
「次はっ! 誰だ!?」
俺と同じことを岩渕先輩が吠えた。
彼は相変わらず、数体の黒タイツに囲まれるようにしていた。回し蹴りで二体ほど同時に昏倒させたものの、やはり殺すには至っていない。
そして、まだ数体立っている黒タイツを無力化するほどの攻撃力もなかった。
回し蹴りなんて派手な攻撃をしたことで、隙も生まれてしまった。
複数の敵の前で、だ。
先輩自身、まずいと悟ったのだろう。驚愕の表情をしながら目の前の敵に目を向けていた。連戦で疲労も馬鹿にならない程度に蓄積している。
「あいつ……」
ナイフを構えて、助けに行くべく走る。先輩に拳を振り上げていた黒タイツの胸ぐらを掴んでナイフで刺す。
しっかり心臓に刺さったようで、奴は大きく体を震わせてから動きを止めた。
立っている敵はあと何体いる? 黒タイツの体を突き放しながら、ナイフを引き抜く。けど、さほど堅牢な造りをしていないナイフは限界を迎えて、折れた。
即座にナイフを手放した。素手で戦いながら、近くに落ちている折れた槍を回収することを考える。
既に新しい敵が来ていた。対処は簡単だ。攻撃を受け流しながら、体を掴んで倒す。頭部を地面に叩きつければいい。
敵に向かって一歩踏み出そうとして。
「ん?」
足を強く掴まれた。
先輩が倒して、けど殺すには至ってない黒タイツが目覚めて、起き上がれはせずとも俺を攻撃しようとしたんだ。
握力を強められたら、俺の足首をへし折るくらいの力は出せるのか? そんなことをさせるつもりはなく、俺は咄嗟に奴の手首を蹴って払いのける。
が、その隙に黒タイツへの接近を許してしまった。
掴みかかる腕はなんとか下って躱した。けど、無理に動いたせいでバランスを崩し、そこに黒タイツのタックルが飛んでくる。
人間が体当たりするより、よっぽど威力があるようだ。
強い衝撃と共に、俺の体は飛ばされた。ああ、前に戦った時もこんなことあったな。あの時はクッションがあったけど、今回はだだっ広い緑地公園だからな。
隙を作ってやられるなんて、俺も先輩のこと悪く言えないな。
この場には必要ない、余計なことばかりが頭をよぎり、そして俺は地面に叩きつけられた。
――――
「悠馬!?」
覆面を被った彼が黒タイツにやられて地面に倒れたのに真っ先に気づいたのは、ライナーだった。
彼女の言葉を受けて、ラフィオもそちらを見る。
黒タイツたちの集団から離れた所に悠馬が倒れていて、動かない。当然、黒タイツたちはとどめを刺すべく迫っていて。
「ハンター」
「うん! わかってる!」
フィアイーターの動きを封じるべく手足をボロボロにしていたハンターは、下から来た指示に従って黒タイツの頭部に狙いを定めた。
悠馬に近い者から射抜いていく。それから、呆然と立ちすくしている、上裸の男の近くの黒タイツにも。
彼は何者だ? 男なのに、なんで魔法少女のような恰好をしている?
ラフィオは目にした人間の魔法少女としての適正を知ることができる。体が男であるなら、それも把握できる。
彼は見間違いようもない程に男で、当然適正はない。なのになぜ、魔法少女みたいな格好をして戦っているのか。どうも悠馬たちと知り合いのようだけど、何者なのか。
今は考えてる暇はない。
「行ってくるわ! フィアイーターはあなたたちでなんとかして!」
「あ! 待て!」
弟の危機に、セイバーが駆け出していく。
「仕方ない。僕たちでさっさとこいつを殺すぞ。ライナー! コアは見つかったか!?」
「見つからない!」
地面に倒れたままもがくヘルメットの方の潜水服の頭を蹴り続けているライナーだけど、そこからコアを覗き込む余裕はないらしい。
もう一体、チューブの方も同じ。こっちはセイバーによって胴体をズタズタにやられている。けどあちこちの裂け目からコアは覗き込んでいない。
「体のどこかにあるはず……」
チューブ型の上に飛び乗ったラフィオは、裂け目を前足で掴んでバリバリと引き裂いていく。
「フィアアアアァァァァァ!!」
「うるさい! ハンターこいつを黙らせろ!」
「うん!」
「フィアアアアァァアアアァァァァアアア!!」
「駄目! 口を刺しても黙ってくれない!」
「ああ、そうだろうな!」
こいつはどうやら、口で叫んでいるわけではないらしい。




