3-34.先輩は知っていた
ヘルメットの方の潜水服が頭部でこれを受け、硬い素材ながら大きな裂け目を作るのに成功。
コアを砕くまでには至らなかったため、頭が割れた状態の潜水服がそのまま前進してセイバーに掴みかかってくる。
セイバーは剣を引き抜きながら後退して、その方向にチューブの方がいるのに気づいたため後退の勢いを利用しながら後ろを蹴った。
二体一はセイバーでも厳しいか。敵がそんなに多くない上に武器も持ってないから、剣で切り刻めば動きは封じられそう。けど、俺が援護した方がいいな。
なのに。
「フィー!」
「ああくそ。こいつらしつこいな!」
俺だって黒タイツを容易に殺せるわけじゃない。普段武器としているナイフは遥の車椅子の下だ。
動物園からここまで、それなりに距離がある。ラフィオや魔法少女の足でも時間がかかるだろうな。
だから俺が頑張らないと。
「はぁっ!」
岩渕先輩の声が聞こえる。服が破けて上半身が裸の状態でも、彼は気にせず戦っている。なんとか黒タイツたちの拘束を脱した彼は、相変わらず戦いをやめない。
彼が蹴飛ばした黒タイツがよろめきながら俺の方に来たから、そいつの背中に槍を突き刺しながら片側を地面に当てて、つっかえさせる。大きな衝撃を一点に受けた黒タイツの頭を掴んで勢いのまま引っ張って、首を折る。
次は、三体並んだ黒タイツと対峙している先輩の背後から忍び寄る別の黒タイツだ。
俺は数歩踏み込んで、そいつの首を槍で刺す。
瞬間、想定される用途から外れて武器として使われた槍が、耐久限界を超えて折れてしまった。
しかし僥倖。プラスチック製の柄の折れた断面は鋭利になっていて、銀色の厚紙の穂先よりもずっと武器っぽい。
それを持って、改めて踏み込んで黒タイツの顔面に刺した。脳がある位置を貫き、殺害に成功。
「助太刀感謝するよ、双里悠馬くん」
「え?」
黒タイツ三体をなんとか引かせた先輩が、以前話した時と変わらない、柔らかな口調で語りかけてきた。
覆面をしているのに、俺の名前をなんで言い当てられた? この人、全部わかって戦いに参加しているのか?
返答に困ったのだけど、先輩は部外者だ。ここは別人と言い張った方がいいかな。
そう考えたところ。
「悠馬お待たせ! 魔法少女シャイニーライナー到着! 全速力で走ってきました!」
ライナーがやってきた。俺の名前を呼びながら、ナイフまで投げて渡してきた。
彼女は、さっき先輩がぶちのめした黒タイツが起き上がる前に頭を蹴飛ばし、遠くに追いやりながら落下の衝撃で殺すという独特な登場をしてくれた。
ラフィオより足が早いから、先行して来てくれたんだな。
それはいいんだけどな。
俺にナイフを渡した後に、ライナーはようやく先輩の姿を認識したらしい。
陸上部員として、俺よりも付き合いの長い相手だ。いかに変な格好をしていたとしても、顔を見ればわかるのだろう。
「い、岩渕先輩!? なんでこんなところに!? というかその格好はなんですか!?」
「おい馬鹿。自分の正体がバレるようなこと言うな」
「こんにちは、魔法少女さん。それとも、神箸さんと言うべきかな?」
俺の指摘と先輩の挨拶で、ライナーは失言したと気づいたらしい。
「な、なんのことでしょうか!? わたしは通りすがりの魔法少女。神箸遥なんて美少女は知りませんよ先輩!」
相変わらずごまかしが下手すぎる。声は上ずってるし、そもそも美少女と自称するな。
「まったく。先輩、話は後です。下がっててください。遥、あのフィアイーターさっさと倒して、先輩と話をするぞ」
「うん! え、あのフィアイーターって、もしかしてあの潜水服?」
「そうだ! あの潜水服なんだ!」
「そっかー。それは、さっさと解放してあげないとね! お姉さん手伝います!」
黒タイツを何体か蹴り殺してから、ライナーはヘルメットの方に突っ込んで強烈なドロップキックをお見舞いしていた。
ヘルメットが転倒して。頭の割れ目がさらに大きくなった。傷口はこっちからは見えないけど、コアはその内見えるようになるだろう。
さらに。
「お待たせしましたー! フィアイーターはどこですか!?」
ライナーから少し遅れて、ラフィオに乗ったハンターがやってきた。そしてフィアイーターを見て。
「ねえラフィオ見て! あの潜水服がフィアイーターになってる!」
「なにが"あの"なのかわからないんだが!?」
「えー? なんでわからないの!?」
元からの模布市民にしかわからない話題だ。
「よし! ハンターなんかいい所に来た! 潜水服さんの手足を射抜いて! それで動きを止めたらコアを探すから! わたしはチューブの方を切り刻むから、ライナーはヘルメットの方をやって!」
「了解です! ヘルメットの割れ目を蹴って傷を広げればいいんですね!」
「そういうこと! 遠慮しないで!」
「はい! 小さい頃怖かった恨みを今晴らします!」
程々にしてくれよ。兄貴の思い出なんだから。
ハンターが潜水服たちの手足の関節を器用に射抜いて動きを封じているのを見ながら、俺は黒タイツの相手をすることに。
魔法少女が三人でかかれば、フィアイーター二体は対処できる。彼女たちに背後から襲いかかって主を助けようとする黒タイツの排除が俺の仕事だ。
あと、岩渕先輩のことも。
「なあ! 先輩! そろそろ逃げられる頃合いだと思うんだけどな!」
黒タイツの首をナイフで突き刺しながら、先輩に再度呼びかけた。
もはや彼は取り囲まれてはいない。逃げようとすれば逃げられる。
けど、そうする気配はない。
わかるとも。逃げるなら、最初から戦ったりなどしない。




