4-32.知らない魔法少女
刃に似せているのは銀紙を巻いた木かプラスチックであって、戦うには心もとない武器だろうに、大したガッツだ。
けれど。あれはまさか、模布城おもてなし武将隊なのか?
「おい! 織田信長さん!」
黒タイツの一体の背後から迫り、首を掴んで引きずり倒しながら話しかける。俺も武器がないから、黒タイツを殺すまでには至らなかった。
「儂は前田利家じゃ!」
「そ、そうか……」
いや、俺もどの武将が誰とか、詳しく知らないし。
「織田信長は儂じゃ! 覆面男殿! よくぞ参った! 後はお任せしてよいか!?」
確かに、なんか信長っぽい雰囲気の男が俺を見ながら話しかける。そうか、こっちだったか。
「ああ、引き継ぐ! あんたたちは怪我人を逃してくれ。あと槍をくれ!」
「心得た! 日頃からの、そなたたちの天晴な戦ぶり、聞き及んでおるぞ!」
「ありがとな! あんたたちも、俺たちが来る前にみんなを避難させてたんだろ!?」
「いかにも! 民を守りたいという心は我らとて同じよ!」
「立派だと思うから今はあんたたちも避難してくれ!」
あの時のトンファー仮面と同じだ。戦う力がなくとも高潔な精神を持つ、ただの人間。
まあ、ちょっと喋りすぎとは思うけどな。慣れない戦いと使命感でハイになってるんだろうな。
俺は、既に槍で叩かれすぎて既にフラフラになっている黒タイツの首めがけ、さらに槍の柄を突いて息の根を止める。
武将たちは俺に言われた通り、怪我人に肩を貸して逃げていく。
「そうだ! 覆面男殿!」
「今度はなんだ」
さっさと逃げろ。
「赤い魔法少女殿が来ましたが、あれは新入りであるか?」
「……赤い魔法少女?」
起き上がった黒タイツの顔面を蹴って動きを封じながら、戦いの方向を見る。
別々の場所で、確かに魔法少女がふたり戦っていた。
ひとりは見慣れた姉の姿。男を追いかけ回しているフィアイーターに飛び蹴りを食らわせていた。
「あんた! 今のうちに逃げなさい!」
「は、はい! ありがとうございますセイバーさん! やっぱり本物の方が美しい! 目線お願いします!」
「うっさい! さっさと行きなさい!」
「ありがとうございます!!」
今のお礼は、助けてくれたことに対してだと思う。四つん這い状態の彼が振り返りながらセイバーにカメラを向けようとして、早く行けと尻を蹴られた事に対してじゃないはずだ。断じて。
「セイバー! 俺の近くにいてくれ! 戦力が乏しいから、各個撃破されたくない!」
「わかった! 待ってて!」
フィアイーターの内の一体、チューブ付きの方に斬りかかりながらセイバーが答える。残念ながら今の一撃ではコアを破壊できなかったようだ。
フィアイーターがそっちにいるなら、俺がそっちに向かうべき。邪魔してくる黒タイツの顔面を槍でぶん殴りってから、姉の方に走る。
途中、少し離れた位置にいる、謎の魔法少女に視線をやった。彼女は長い髪を振り乱しながら、黒タイツと交戦している。
服のデザインは、セイバーたち魔法少女の物によく似ている。お腹を出しているし、スカートは短め。ただ、スカートが翻った瞬間に中にスパッツを履いているのが見えた。
そのスパッツも魔法少女としての服装も、鮮やかな赤を基調としていた。
「ねえ! パイン! あの魔法少女の格好、覚えた!?」
「ま、待って。じっとしてくれないとよくわからない。今までの魔法少女のと同じだと思うけど……」
「どうするキエラ? あの人捕まえて、よく見せてもらう? というか誰なんだろう。新しい魔法少女?」
相変わらず魔法少女姿のキエラたちも、興奮と困惑の混ざった表情で謎の魔法少女を見ている。これもコスプレに取り入れようとするのか。
フィアイーターにされたパインさんも、ちゃんと一緒にいるしセイバーの格好をしている。
こいつら、なんのためにコスプレイベントに来たんだ。来たならせめて大人しくコスプレイヤーやっててくれ。
しかも、フィアイーターを出した後にいつものように撤退してくれないし。けど人を襲ったりせず、謎の赤い魔法少女を観察して大人しくしているのは幸いだ。
いや、それより問題の魔法少女をなんとかしないと。
「おい! そこのコスプレ魔法少女! 危ないからここから逃げろ!」
と、声をかけた。
よく見ると、あれはコスプレで、中身は普通の人間だとわかる。
ロングヘアの赤い髪はどう見てもウィッグで、細い繊維を束ねたものでしかない。だからまとまりがなくてボサボサだし、動き続けるとそれが顕著になる。
中の人間はそれなりに戦えるらしく、周りの黒タイツたちを殺しはできなくても気絶させるくらいはできていた。
今も、黒タイツのひとりの胸に正拳突きをお見舞いしてノックアウトさせたところだ。
見たところ、格闘の経験があるように見える。敵を殺すには至ってないのは武道の精神ゆえか。
そのせいで、黒タイツは復活して再度彼女に牙を剥くことになる。戦いは延々終わらないし、赤い魔法少女の方が少ないからいずれ消耗して負ける。
となれば、待っているのは死だ。早く逃さないと。
赤い魔法少女は、俺の呼びかけに振り向いた。
あの顔、どこかで見たことあるんだよな。誰だっけ。あんな、コスプレして怪物と戦おうとする無茶な知り合いなんかいないはずなんだけど。
「ぼ……わたしも戦います! お役に立てるはずです!」
彼女は、黒タイツのひとりをハイキックで昏倒させながら、彼女は返事した。
ハスキーな、中性的な声。やっぱり聞いたことある気がするんだよな。誰だっけ。




