4-28.模布港水族館
「みんな魔法少女の格好してくるのかしら。なんか変な気持ちよね」
「魔法少女だけとは限らないけどな」
ポスターには「模布城おもてなし武将隊も来るよ!」と書かれていた。
この模布市のメインの観光資源でシンボルでもある、立派な天守閣と金のシャチホコを誇るお城のPRをするコスプレ集団だ。
織田信長をはじめとして、名のある戦国武将の扮装をしているという。
「ええ。参加者みんながわたしや知り合いのコスプレしてるよりは、いろんな人がいる方がいいわよね。ううん、それでも恥ずかしい。よ、よし。今日は水族館から出ないわよ!」
「はいはい」
水族館の閉館時間には、さすがにイベントも終わってコスプレイヤーたちも元の姿に戻っているだろう。
愛奈はそれを期待しつつ、顔を赤くしながら水族館へと急ぎ足で向かっていく。当然、俺の手を引きながらだ。
「おー。ペンギンさんかわいい」
「そうだな」
「ラッコさんもかわいい」
「うん」
「ずっと見てられる」
「……わかる」
「魚も、なんの種類かはよくわかんないけど、きれいねー」
「そうだな。種類はよくわからないけど」
水族館にひとたび入れば、コスプレイベントのことはすっかり忘れたようだ。
水槽の横の説明プレートを見ても、たぶん明日には忘れてしまうだろう。複数の魚が泳ぎ回る水槽の、どの魚がなんて名前かも覚えられない。
繰り返し見たら覚えるものだろうし、それほど熱心に魚を見る人間が、やがて学者になっていくのだろう。
俺には海洋学者の素質は残念ながら無いようだ。けど、この多くの来場者の中にそういう奴がひとりでもいれば、この水族館は学術施設としての役割を果たせたと言える。
それに、知識はなくても魚は見ていて楽しい。
大きな水槽をゆったりと動き回る魚。自由で気持ちよさそうで、癒やされる。
水槽の前で、愛奈と並んでしばらく無言で見つめていた。
いい気分だ。お互いに無言であっても気まずくならない。これって、恋人としては理想的な関係性というか、距離感じゃないかな。
もちろん、愛奈は恋人じゃないけど。
隣をちらりと見てみる。愛奈は水槽に目を向けて、かすかに笑みを浮かべていた。
なんで愛奈が水族館に行きたがったのかは、まだわからない。愛奈と水族館に、そんなに関係があるとも思えない。
でも、幸せそうでよかった。
ふと、館内にアナウンスが聞こえた。イルカショーがもうすぐ始まるというものだった。
「イルカショーだって! 悠馬、行こ!」
「ああ」
俺の手を引く愛奈の笑顔を見れば、俺も自然と笑顔になった。
――――
「すごい。すごいわパイン! 魔法少女がいっぱい! それにミラクルフォースもいる」
「え、ええ。それがイベント、ですから。魔法少女が、こ、こんなに人気だなんて、思わなかった、ですけど」
「もー。パインってば緊張しすぎよ。こういうの、パインも初めてなの?」
「い、いえ。この話し方は、元々、です。イベントは……何度か経験は、あります」
臨海地区のコスプレイベントにキエラたちと共に来たパインは、場の雰囲気に緊張しながらも返事をした。
おどおどしているような話し方をするのは、兄のせいだ。
普通の口調で過ごしているのに、偉そうな物言いをすると拳が飛んできたから、こう話すのが癖になってしまった。
兄はもういない。自分の手で殺した。なのに口調だけは抜けない。
もちろん、他にも理由はある。キエラの言うとおり緊張はしていた。
こういうコスプレする場に数回は出たことがあるけど、これまで着ていたのは男性のキャラの衣装。
露出も少ないパンツスタイルで、同じ作品のキャラのコスプレをしている同性のレイヤーと交流したり仲間内で写真撮影をするのが主だった。
けど今は、ヒラヒラの短いスカートで足もお腹も出ている魔法少女の格好。コンビニに押し入った時もそうだったけど、これで人前に出るのは恥ずかしすぎる。
しかも今は、深夜のコンビニとは比べ物にならないくらいに人がいる。自分と同じレイヤーだけじゃなく、それを撮影するために来ているカメラ小僧、いわゆるカメコも大勢いた。
カメコはほとんどが男性だ。
そして今は、魔法少女のコスプレがブームになっている。
その中でも、三人一組で衣装を合わせて、ウィッグから靴まで小物含めて完璧に再現した格好をしているキエラたちのようなグループは、他にいなかった。
ライナー役を高校生が、そしてハンター役を小学生とわかる少女がやっているというのは、キエラたちが唯一だろう。
実際にはキエラは小学生ではなく、それどころか人間ではないというのも、周りにとってはわからないこと。
彼女たちは注目を集めていた。会場の他の誰よりも。
特に、カメコの男たちに。
パインがこれまで、男性キャラの格好をしていた時には見向きもしなかった男たちが、ちやほやしながらカメラを向けてくる。
あまり人付き合いが得意とは言えないパインにとっては、緊張するのも仕方ない状況だった。
「ふふっ。ねえティアラ。わたしたち人気よ」
「うん。みんな見てる」
キエラとティアラは、この状況を好ましく受け入れているようだ。格好も、男性に囲まれていることも気にしていない。
すごいな。元々、これが目的だったとはいえ。




