4-27.コスプレ流行中
「下着が何必要か教えてくれるだけでいい」
「ショーツとブラとキャミソール。あんまり短いスカートだと見えちゃわないように上から何か履くんだけど、今日はいらないかな。風も強くないし」
「わかった。助かる」
「どういたしまして。わたしにはどんどん頼っていいからね。彼女なんだから。頼れる女なんだから」
「わかったから、早く松葉杖拾え」
「代わりに拾って。片足だとしゃがむの大変だから」
「だったら放り投げるなよ」
ぴょんぴょんと器用に跳ねて愛奈のベッドに座った遥に、松葉杖を渡してやる。
「服、ありがとな。姉ちゃんに渡してくるから、遥はキッチンに戻っててくれ。姉ちゃんとあんまり顔を合わすなよ」
「なんで?」
「面倒なことになりそうだから」
「だよねー。弟とデートする時に他の女と鉢合わせしたくないよねー。弟の彼女なら、なおさら」
嬉しそうな遥だけど、言うこと聞いてくれてよかった。
服を風呂場まで持っていくと。
「姉ちゃん」
「どれどれ? 悠馬はお姉ちゃんに、何を着てほしいのかなー?」
俺の気配を察した愛奈が浴室から出てくる。当然、裸で。
「おいこら! なにやってんだ!? 服を着ろ!」
もちろん、姉の裸なんて見たいわけじゃない俺は咄嗟に後ろを向く。
「えー? お姉ちゃんの裸なんか見ても、そんなにドキドキしないでしょ? あ、もしかして意識しちゃったー?」
こいつは。意識することを期待して出てきたんだろうが。
「それに、悠馬ってば肝心の服を持ったままだし、わたしに裸のままいてほしむごっ!?」
極力愛奈の方を見ないように、服を押し付けた。
「さっさと着ろ」
「うんうん。着てあげますとも。悠馬が選んだ服だもんねー。たとえ、遥ちゃんに選ぶの手伝わせたとしてもね」
バレてたのか。
「体と髪乾かすから、そこに置いといて」
「わかった。早くしろよ。昼過ぎに出るようなことはしたくないからな」
「ええ。わかってるわかってる。せっかくのデートも楽しまないとねー」
たぶん、愛奈は既に楽しんでいるのだと思う。
脱衣場から離れていく際、機嫌のよさげな鼻歌が聞こえた。
遥たちは、既に動物園に向けて出発していた。出発の時間をずらしたのは、遥の配慮だと思う。
一緒に向かえば、途中まで団体行動になってデート感が薄れる。俺が遥の車椅子を押して移動するとかになれば愛奈は不機嫌になるだろうから。
「何年ぶりかしらね。こうやってふたりでお出かけするの」
「ほんと、久々だよな」
ふたり、並んで駅まで歩く。暑すぎず寒すぎず、天気も良くて行楽日和だ。
元々は両親と三人きょうだいの家族。一家で出かけることは多かったし、五つ年上の兄貴に連れられて遊びに行ったこともあった。
けど兄貴と比べれば、異性のきょうだいである愛奈と一緒に出かける機会はあまりなかった。
歳も離れていて、俺が物心ついたときには愛奈にも学校の友達が大勢いた。家族よりそっちと遊ぶのを優先するのはよくわかる。
家族が亡くなってからは忙しかったし。家では姉弟で力を合わせて乗り切っていたのかもしれないけど、こうやってゆっくり出かける機会なんかなかった。
愛奈は仕事が忙しいのもあったし。
ああ。こうやってふたりで出かけること自体、愛奈には幸せなことなのかも。
「ねえ悠馬。手、繋がない?」
「なんで」
「いいからいいから」
愛奈の方から身を寄り添わせ、俺の手を取る。
手のひらを合わせて指を絡め合う、恋人繋ぎだ。
「なんか恥ずかしいな」
「えー? 悠馬ってば照れてるの?」
「照れるだろ。実の姉と恋人繋ぎなんて」
「悠馬かわいい」
「うっさい」
男はかわいいと言われても嬉しくないんだよ。
結局、そのまま電車に乗り、水族館に着くまで並んで歩くことになった。これが愛奈の望みなら仕方ないけどな。
模布港水族館。国内最大の水族館であり、市民にとっては小学校の頃から遠足などでよく行く、馴染み深い場所。
国内でも数少ない、シャチを飼育している水族館としても有名。
周囲に商業施設や緑地なんかもあって、市民の憩いの場としても定番のお出かけスポットだ。
水族館は最寄り駅から徒歩八分。休日の昼間とあって、それなりに混雑している。
「なんかイベントやってるらしいわよ」
「水族館で?」
「それもあるけど、緑地公園の方で。コスプレイベント」
「コスプレサミットには早いよな」
毎年、模布市では世界中のコスプレイヤーが来るイベントがある。市長と県知事がいまいち似合ってないコスプレをするのも毎年ローカルニュースになってる。
けど、夏か秋の時期に開催のはずだ。ちょっと時期がズレてる。違うイベントなんだろうな。
駅に貼られているポスターを見る。
水族館の、世界のイソギンチャク大集合という特別企画展の告知をするポスターの隣に、愛奈の視線は向いていた。
臨港緑園という水族館の近くにある緑地で、本日コスプレイベントが開催されるらしい。
ポスターの中で、名前くらいは聞いたことのあるコスプレイヤーのお姉さんが、知らないキャラの格好でポーズを決めていた。
「コスプレ、流行ってるのかしら」
「流行ってるんだろうさ。俺たちのせいで」
「そっかー。地元にコスプレみたいな格好の有名人がいれば、全国からコスプレイヤーが集まってくるのね」
「姉ちゃんも参加するか? 本物の魔法少女そっくりのコスプレイヤーとして」
「嫌よ。恥ずかしいから」
胸のブローチに目をやりながら否定された。




