4-26.愛奈とデートの朝
澁谷はどっちかというと、遥と話したがっている様子で。
「遥ちゃん、昨日送ったデートスポット、どうだった?」
「良かったです! 色々ありすぎて迷っちゃうくらいです!」
「それはよかったわ。どこ行くか決めたら、教えてね」
「はい!」
いや、俺と遥のデートの行き先を、なんで女子アナが知ろうとするんだ。気になるのはわかるけど、そこまで突っ込んで尋ねることだろうか。
遥と澁谷は俺の方を見て意味深に微笑んだ。いや、なんなんだ。
「ゆうまー。わたしも行きたいところ決めたー」
「お? どこだ?」
「水族館!」
背中の愛奈が高らかに宣言した。テレビ画面は魔法少女から別の話題に切り替わっていて、酒も入った愛奈は羞恥心を忘れたようだ。
惰性で無意味に俺に抱きついているだけだ。いいんだけどな。
それより、水族館か。
「模布港水族館?」
「うん。イルカさん見たい」
「姉ちゃん、イルカ好きだったか?」
「ううん。嫌いではないけど、そんなに好きじゃない」
「じゃあなんで」
「んー」
そっと周りを見回す愛奈。自分に向いている目はそんなに多くはないけど、麻美は相変わらず愛奈のコップにビールを注いでいるし、樋口もコップを傾けながらこちらを見ている。
「内緒」
「そうか」
聞かれたくない理由っていうのもあるのだろう。
構わないさ。愛奈の機嫌を取るために行くんだ。
そして土曜日。デートの日を迎えた俺は服屋のマネキンを真似たコーデを着て出かける準備を整えた。
その上で、愛奈の部屋で寝ている姉をじっと見つめていた。
穏やかな寝顔をこちらに向けている。静かにしていれば本当に美人だ。幸せな夢でも見てるのだろうか。
時刻は朝九時少し前。
ここから起きて支度をすることを考えれば、デートの朝としてはお寝坊さんかなとは思うけれど、これも愛奈のお願いだ。
朝、ゆっくり寝かせてほしい。そして時間になったら優しく起こしてほしい。そういうお願いをされた。
つまり、既にデートは始まっていると見なして良い。
「姉ちゃん。時間だぞ。起きろ……起きてくれ」
いつもなら、フライパンを叩いて強制的に起こすところだけど、穏やかな声をかけることにする。
「んん……」
ほとんど吐息のような声がしたものの、起きる気配はない。
少し躊躇いはあるけど、愛奈の肩に手を伸ばして少し揺らしてやる。
嫌がりはしないだろう。普段は愛奈の方からボディタッチを繰り返してるわけだし。
「朝だぞ。起きてくれ」
「うー。もうちょっと……」
「どれくらいだ?」
「あと七時間」
「無茶を言うな」
水族館が閉館する。
「じゃあ、ちゅーしてくれたら起きる」
「おい」
「わたしは眠れるお姫様。王子様のキスで目覚めるのです」
「実の弟を王子様にするな」
「やだー! 悠馬にキスしてほしいー!」
「元気だな。とっくに起きてるだろ」
「むー。悠馬、着替えるから見てて」
「正気とは思えない言葉を堂々と口にするな」
「あー。着替える前にシャワー浴びとこうかな。ねえ悠馬」
「一緒に浴びたりしないからな」
「うん。お風呂の前まで、わたしの今日着る服持ってきて」
「わかった。どの服持って行けばいい?」
「ふふっ。悠馬が決めていいよ」
「無茶を言うな」
女の服を選ぶとか俺には無理だ。
「ちゃんと下着も持ってくるのよー」
愉快そうな笑顔を見せながら、愛奈はさっさと風呂場まで向かっていく。
笑顔なのは俺を困らせているからではなく、純粋にデートが楽しみなのもあるのだろう。
あとは、俺がどんな服を選ぶのかも楽しみなのかも。
けど俺には無理だ。あと下着も持ってこいと言われたけど、それも無理があるな。
「遥。来てくれ。助けてほしいことがある」
「えー? なになに? 悠馬がわたしに助けを求めるなんて珍しいね。ダッシュで駆けつけるよ!」
「いや、ダッシュはするな」
松葉杖で走ると危ないから。
朝早く、今日は昼間は留守という事実を無視するかのように遥が訪問してきた。朝食を作るためと、お出かけするラフィオとつむぎを迎えに来るという名目だ。
別行動するのだからデートについてくるのはないとしても、俺と愛奈のことが気がかりなのは伝わってきた。
「で、助けてほしいことって?」
「姉ちゃんが今日着る服を俺が選べって」
「あー。うあー。そっかー。うーん……」
なんとなく予想はついてたけど、遥は愛奈が喜ぶようなことはしたくないらしい。けど、そのまま断るかと思ったら。
「よし、やってあげますか」
「やってくれるのか」
「うん! だって悠馬が女の子にどんな格好してほしいかを知るチャンスだもん!」
「そっかー」
なんにしても協力してくれるのは嬉しい。
「悠馬はどんな服が好きなのなー? やっぱり肌が出てるやつがいいの?」
「そういうこと堂々と訊くなよ。俺も答えにくいだろ」
「まあまあ。まだ春って感じの季節だけど、移動し続けるとちょっと暑くなるかなって思うんだよね。だから、そこまで厚着する服装は避けるべき」
そうそう。そういうのがいいんだ。
「だからミニスカートにします。悠馬もそういうのが好きだよね?」
「俺の好みにまで踏み込もうとするな」
「トップスはノースリーブかなー」
「姉ちゃんに露出させたいのか」
「うん。もう少ししたらわたしともデートするわけだし、その時はもっと暑くなってるわけじゃん? 夏用ファッションの服の女の子を前にした悠馬の反応が見たい!」
「はいはい。わかった。今日はそんなに暑くないから、夏の服は着ない」
「むー。じゃあ、薄手のシャツにカーディガンを羽織るってことで。明るめの色のやつね」
「暗い色だと駄目なのか」
「ひとつは、魔法少女のブローチと合いやすい色だから。もうひとつの理由として、黒に近いほど熱を吸収して、着ていると暑くなるの。ファッションは科学なのです」
「興味ある分野なら科学の知識を持ってるんだな。その調子で普段から勉強しろ」
「お断りします! スカートは長すぎず短すぎずの膝丈がいいかな」
「あと、下着も用意してくれと言われた」
「へえー。愛奈さんえっちなパンツ持ってたりするのかな。探そっと」
「やめておけ」
「ぐえっ」
松葉杖を放り出し、前のめりでクローゼットの棚を開けようとした遥の襟を掴んで止める。




