4-21.キエラとティアラとパイン
たしかに、パインにはコスプレ趣味はあった。けど扮するのはスマホゲームのイケメンキャラたちだ。
あまりにも貧しくて辛い生活の中で、スマホの中のイケメンたちだけは優しくしてくれる。そこにハマってしまった後で、コスプレという文化を知ることになった。
同好の士も世の中にはいるらしい。女性なのに、驚くほど格好よく衣装を着こなし、スマホの中にしかいないはずの彼らを完全に近いほど再現している彼女たちに近づくべく、パインもコスプレを始めた。
兄はそれに理解を示さず、ただ犯罪に利用できるから魔法少女の衣装も作れと言っただけだった。
拒否すれば殴られるから、嫌だったけど衣装は作った。なんの因果か才能はあったらしく、思ったより完成度の高い衣装ができた。兄が着る、覆面男の制服も作れた。
最初の夜は気が進まず、まだ完成していないという理由で、兄だけがコスプレをして犯行へ踏み切って、成功。
レジに金は大してなかったけど、酒とタバコを手に入れられた兄は上機嫌だった。
二日目はついにパインもコスプレをしてコンビニに踏み込んだ。これも成功。信じられないことに、店員はコスプレイヤーを本物だと思いこんでしまった。
そして翌日、コスプレショップでパインは死んだ。
死んだはずだった。
自分の死を自覚しているにも関わらず、これまでの人生を思い起こしている現象に、パインは戸惑いを覚え始めていた。
これは、夢を見ているのかな。なんだかフワフワとした感覚だ。死後の世界なんて信じていなかったけど、まさかこれなのか?
――もうすぐ?
――ええ。もうすぐ覚醒するわ。
誰かが話している。女の声だ。
小さくて、無邪気で、何かを期待しているかのように弾んだ声。
わたしにも、こんな風に楽しくお喋りしていた時期ってあったのかな――。
瞬間、パインは覚醒した。
「あ! 起きた!」
「ええ。そうね。はじめまして。わたしはキエラ。こっちはティアラよ。あなたのお名前はなんていうの?」
「ぱ、パイン、です」
「まあ! 可愛い名前!」
「うん。そうだ、ね……」
小さい方、キエラは無邪気に喜んでいるけど、ティアラの方は微妙な反応だ。
けど、ティアラか。もしかして、この子もわたしと同じなのかな。親からまともな名前をつけられなかった者。
そういえば、ふたりとも魔法少女の格好をしている。キエラのはボロボロだし、ティアラのも一部破れているけど。
なんなのだろう。コスプレイヤー? 確かにさっき、パインはコスプレショップにいたけれど。
「おめでとう。あなたは死んで、フィアイーターになりました! 新しい人生の始まりよ」
「フィア……イーター?」
「ええ! 特別製だから、心は生きていた頃のと同じよ。ここにいれば恐怖の渇望で死ぬことはないし、恐怖を蓄えれば人間の世界でも長く活動できるわ」
「もう、キエラってば。パインさん困ってるよ? 生き返った直後にそんなこと言っても理解できないって」
「ええ。それもそうね。ごめんなさい、パイン。じゃあ。最初にこれだけ教えておくわ。わたしたちは、あなたの味方。そして友達になれる」
「友達……」
自分にその言葉が向けられたのは、いつ以来だろうか。ふたりの表情は穏やかで、パインも戸惑いはありつつ、警戒心は薄れていった。
「友達に、なってくれるの?」
「ええ。もちろん。ねえあなた、コスプレ好きなの?」
「す、好きというか。やっているというか……」
「わたしたち、魔法少女のコスプレしたいの。ピンク色の、セイバーの服を着ている人を探しているの。あなた、やってくれないかしら」
「や、やる。やります。セイバーの衣装なら持ってます。それに、ふたりのそれ。汚れてるから、直します」
「本当!? やった!」
「パインさん。嬉しいです。あの。わたし、実家があんまり裕福じゃなくて……」
ティアラは、自分たちがいるこの世界やフィアイーターという怪物のことよりも先に、自分の境遇を話した。
親に愛されなかった。不遇な生活を送っていた。そんな過去を淡々と語った。
嬉しくない思い出だけど、今はキエラと出会ったから幸せ。パインは、そんな彼女を他人とは思えなかった。
その後告げられた、自分が死んで魔法少女の敵である怪物として蘇ったという事実も、パインはすんなり受け入れられた。
人間ではなくなったことに多少の驚きはあった。でも、どうせ生きていても大して幸せではなかった人生だ。
理解してくれる人がいるだけ、今の方がずっといい。
「衣装、アパートにあるから。取りに行け、ますか?」
「ええ。行きましょう。パインの中に恐怖を補充するわね。ふふっ。また、みんなで恐怖を集めないとね」
そしてキエラはパインの胸に触れた。柔らかな胸の膨らみの上から、何かが流れ込んでくるのがわかった。
キエラはこれを恐怖と言う。でも、そのイメージからは想像がつかないほど暖かな感覚だった。
柿木家は、模布市の市街地からは少し離れた場所に位置している。
駅から自転車で十五分。大都市に近いという恩恵を受けて、家の周りにもお店はいくつかあって、生きていくのに不自由がある場所ではない。
けど、中心部のキラキラした場所に住んで、常に身を起きたい気持ちはあったな。




