4-17.セイバーにデートのお誘い
俺はといえば、その様子をスマホのカメラで連写した。連れて行かれた女の顔は、一瞬だけどなんとか撮影に成功した。
「みんな。フィアイーターは倒したぞ。どうやらキエラたちもいなくなったようだな」
ラフィオの声がした。仕事を終えて満足しているらしいハンターに、抱きつかれて撫で回されてうんざりした表情でこっちにやってくる。
そういえば、一番倒すべき相手を忘れていた。
ハンターとふたりだけで、周りの黒タイツ含めて倒せたらしい。見れば、大量の矢が刺さっているマネキンが壁にもたれかかっていた。既にフィアイーターから壊れたマネキンに戻っているらしい。
「これは?」
「見ての通り、ハリネズミだ。偶然コアに当たるまでハンターに繰り返し矢を放ってもらった」
光でできているその矢も、やがて消失する。後には穴だらけになった、プリンスクロニクルの名前も知らないキャラの衣装を着たマネキンだけが残される。
「よし。みんな撤退するぞ。姉ちゃんは早く麻美の所に戻ってくれ。ラフィオ、乗せてくれ。樋口の所に行きたい」
「わかった。さっきの所に戻ればいいんだな?」
「ああ。既に澁谷が来てるようだけど、樋口もすぐ来るだろう。話さないといけないことがある」
ラフィオの背中に乗りながら、スマホの画面を見ながら会話する。澁谷から、車椅子は確保したというメッセージが既に来ていた。
彼女がいるということは、昨日送った動画のことも話題に出るだろうな。それから、魔法少女のコスプレをした窃盗団と、敵についても。
「あ」
大事なことを思い出して、俺は一旦ラフィオから降りる。
セイバーはまだ、現場から出る様子はなかった。仕事に戻りたくないですと駄々をこねるようにその場に座り込み、ライナーに呆れられていた。
そんなセイバーに俺は近づいていって。
「姉ちゃん」
「悠馬ー! ライナーってばひどいのよ!? こんな重労働した後に、すぐに働きに戻れって!」
「うるさいです! お姉さんは本来の仕事を果たしてください!」
「お姉さん言うなー!」
「姉ちゃん。俺とデートしてくれ」
「……ほ?」
俺の言葉を認識した瞬間、セイバーは静かになった。
戸惑った様子で首を傾げて、俺が何を行っているのかよくわかってない様子だ。
「わたしと悠馬で、デート?」
「そう。ほら、姉ちゃんって毎日大変だろ? 仕事してるし。魔法少女もやってるし」
「う、うん」
「あと、樋口から言われて魔法少女の格好を悪用するのはやめろって映像を作るのにも、たぶん渋々協力してくれるんだろうし。大変だけど」
「それは……まあ。たしかに。やりたくないけど。やることになるんだろうなーとは思ってるけど……」
やってくれるんだ。さすが俺の姉ちゃんだ。
「だから労りたい。というかお礼がしたい。姉ちゃんがデートで何がしたいかわからないけど、できるだけ希望は叶えたいと思う。だから、デートに行かないか?」
未だに座り込んでいるセイバーに手を差し伸べて助け起こす。彼女は少しの間、その手を惚けたように見つめていたが、やがてバシンと大きな音を立てながら握って立ち上がった。
「デート……うん! 行きましょう! いやー、ライナー悪いわね。自称彼女を差し置いて、実の姉がデートしちゃってさー。ま、血縁ってそういうものなのよ。繋がりが強いものなの!」
「ええ。そうですね。楽しんでください、お姉さん」
デートは自分の提案だと言うわけにもいかず、かなり悔しそうな表情を見せるライナー。
こいつの機嫌を取るのも俺の役目になるのか? フィアイーターに邪魔された放課後デートを改めてやるとかで。
面倒なことになってしまっている気がする。
「にゃははー。デート、デート、楽しいなー」
「お姉さん浮かれてないで! さっさと仕事に戻ってください!」
「そうよね。わたしお姉さんだから。仕事も完璧にこなしちゃうのよねー。さっさと外回り終わらせて帰るわ。また後でねー」
お姉さん呼びに抗議することもなく、スキップしながら店を後にするセイバー。
俺たちも撤退するか。戦いが終わったのに、ずっとここにいるわけにはいかない。
「待たせて悪かった。ラフィオ、乗せてくれ」
「悠馬はわたしが運びます!」
「お?」
ライナーが俺を抱え上げた。それも背負うのではなく、両腕で背中と膝をつかんで持ち上げる体勢。これはいわゆる。
「おいこら。なんでお姫様抱っこなんだ」
「恋人を抱えるって言ったらこれでしょ?」
「それは違う! てか恥ずかしいからやめろ!」
「じゃあラフィオ、ついてきて!」
「ラフィオー! わたしもお姫様抱っこして!」
「してやるから、抱きつくな。人間にならないとできない」
「えへへー。モフモフー」
「話を聞いてくれ……」
俺の意見を聞くことなく、ライナーは駅近くに戻って、さっきのトイレへと駆け戻って行った。
誰に見られているとかではなく、恥ずかしいんだよな。
――――
彼は逃げ遅れてしまったが故に、魔法少女と怪物の戦いを息を殺して必死に隠れながら見ることとなった。
悠馬。あの覆面男を、魔法少女たちはそう呼んでいた。周りに人がいないと思っていたらしい魔法少女たちが、油断故に口にしたのだろう。
あの制服を着た悠馬という人間を、彼は知っていた。今朝知った。声も似ていたし、間違いないと思う。
岩渕剛は、覆面男の正体を知ってしまった。
「彼が……うちの生徒が、本当に怪物と戦っていたなんて」
ずっと隠れていた物陰から動けずに、剛はそっと呟いた。
格好良かった。怪物と比べて圧倒的に無力な存在なのに、物怖じせず立ち向かう姿。
自分の理想だった。
並び立ちたい。魔法少女たちの存在を知った時から剛はそう思っていたけれど、思わぬ身近な人間が本当にいたことが、想いを一層強く掻き立てた。
彼と、そして彼女と共に戦いたい。強い男として。
魔法少女たちが去って、店員や報道陣たちがやってくる。
逃げ遅れた生存者として人々の注目やカメラのレンズが向けられ、魔法少女の戦いについて尋ねられる。恐怖でよく覚えていないと答えながら、剛の視線は魔法少女のコスプレ衣装に向いていた。




