4-10.ミラクルストア
「ああいうのを見習わなきゃいけないんだよ」
「俺も、姉ちゃんと恋人繋ぎすればいいのか?」
「うん。不本意だけど。あ、今はわたしとやって」
「無理」
俺か遥のどっちかが、両手で車椅子を動かさないと移動ができない。
「あうう。この足が恨めしい……」
「恨めしく思うポイントが謎なんだよな」
「華の女子高生。好きな男の子と恋人繋ぎがしたいんです! そうだ!」
「あ! おい待て!」
遥が勝手に移動して、店舗の一角に向かっていく。
「すいませーん。ふわふわ小豆とモッフィングシャワーのダブルください! 悠馬は何にする?」
「いや、いきなり訊くなよ」
アイスクリームショップの前で停まった遥は、車椅子相手でも一切動じない優秀な店員のお姉さんに淀みなく注文をする。
俺はと訊かれても困るんだよな。なにがあるかも知らないんだから。
「遥と同じの」
「もー! 悠馬ってばわかってないよ! こういうのはシェアするのが楽しいんだよ」
「そ、そうか。じゃあ……ミックスナッツ」
数種類のナッツが練り込まれているアイスを注文した。
いや、アイスはどうでもいいんだ。なんで恋人繋ぎがこれになるんだ?
「えへへ。あっち行こ」
「わかった」
遥がコーンをふたつ持って、俺が車椅子を押して移動する。隅の方まで来れば、遥がミックスナッツのコーンを手渡したくれた。
そして空いた手で、俺の片手を取ると手のひらを合わせて指を絡ませてきた。
そういえば、恋人繋ぎしたいって言ってたな。アイスは、この場に留まるための口実か。
「えへへー」
遥が満足そうだから、いいか。俺も恋人のふりをしながら、アイスを食べる。
うまいな。ナッツとアイスは合う。口の中で溶けるアイスと、食感の強いナッツがいいバランスだ。
「モッフィングシャワーも美味しいよ。ほら」
「お、おう……モッフィングシャワー?」
「新技術で、きめ細かくてふわふわな食感のアイスなんだって。それと、口の中で弾けるキャンディーの組み合わせがいいらしいよ。下のふわふわ小豆も同じ」
「なるほど」
遥が差し出したアイスを舐める。確かにうまいな。
間接キスしてるのではという疑念は、この際置いておこう。
「えへへー。えいっ」
「おっと」
遥も不意に立ち上がって、俺のアイスを一口齧った。
「いけるね、アイスとナッツ。それにこれ、悠馬と間接キスしてるみたいだし」
「おい」
「愛奈さんの先を越しちゃったねー」
「いや、姉ちゃんとキスとかありえないから。姉弟だから」
「えへへー。悠馬ってば照れてる?」
「おいこら。もたれかかるな。座れ」
片足の遥は俺の胸に体を預けながら、下から覗き込んでくる。
これはデートの予行演習であって、デートではないんだよな? けど遥はすごく嬉しそうで、頬も少し赤くなっていて。
その色気に、俺も胸の高鳴りを感じてしまった。
「あ。悠馬。口にアイスついてるよ」
「おとなしく座ってろ」
「あうっ」
背伸びして俺の口元のアイスを舐めとろうとしたのは、さすがに拒絶して、遥を強引に車椅子に押し付けた。
「もー。わたしたち付き合ってるんだよ? これくらい恥ずかしがってちゃ駄目だよー?」
「そうは言うけどな。これは姉ちゃんとのデートの予行演習だぞ? 遥とやったことは、後で姉ちゃんともやるからな?」
「そ、それは駄目! 良くないです!」
「だろ?」
「やるならわたしとだけに!」
「こうなるんだからな……」
――――
「それでね、モッフィーは人間の世界を守るために、仲間たちから別れて人間の世界にひとりで行ったんだよ! それで、七海たちと出会ったの。元は幽霊みたいな姿なんだけど、ウサギさんのぬいぐるみに取り付いて妖精になったんだよ!」
ミラクルストアの中で、ラフィオと手を繋いだままのつむぎは、現行作品の設定を楽しそうに説明していた。
序盤を見ていなかったラフィオだけど、つむぎはこれまで何度も同じ説明をしてくれていた。だから知っている話題だけど、内容は少しおもしろいと毎回思う。
それに、つむぎが幸せそうだから、ラフィオの表情も少し緩み気味だ。
「かわいい見た目なのに、壮絶な過去を背負ってるんだよな」
「ラフィオも一緒だね!」
「なにが?」
「ラフィオも人間のために、仲間と別れてこっちにきたんだよね?」
「……そうだな」
つむぎの言う仲間とは、ここでは同族のことだ。
自分たちの目的を捨て、こちらを好いているキエラを拒絶して人間の世界に来て魔法少女を作った。
このウサギのぬいぐるみも同じで、人間の世界でミラクルシャークこと七海という少女をはじめとして、ミラクルフォースを集めることになった。
似てるな。
「あ。モッフィーはウサギのぬいぐるみの体だけど、自分のことはモッフィーっていう生き物と思ってるから、ウサギって言ったら怒るんだよ」
「知ってる。面倒な生き物だよな」
「ラフィオはモフモフって言っても怒らないから、偉いよね!」
「怒ってるんだよ。お前には見えないだけで」
「このぬいぐるみほしいなー」
「だから。話を聞け」
つむぎはミラクルフォースの女の子よりも、モフモフの妖精に興味が強いらしい。そこには、なんの疑問もない。
「値段は……買える」
「小学生が出すには高すぎないかい?」
数千円。大きいぬいぐるみは高いな。公式ショップだと値引きもしないだろうし。
隣に小さいサイズのもあった。数百円。これなら小学生にも手が出せる。
つむぎにとってモフり応えのあるサイズのやつは、親御さんに買ってもらうようなもの。




