4-6.愛奈にやる気はない
キエラの大切な人も、この鏡で人間界のテレビを見てばかりいた。気持ちはわかる。テレビって面白いよね。
母のせいでテレビを見る自由もなかったティアラは、この一ヶ月ほどで人生で最も楽しいと断言できる日々を送っていた。
それよりも、今ニュースでやってることだけど。
「別人がコスプレしてるのね。ふーん。人間もおもしろいことやるじゃない」
キエラが興味深そうに鏡を見ている。
チャンネルを変えると、別のニュース映像。巷で、魔法少女のコスプレが流行っていることを報じる特集が放送されていた。
「ああ。ラフィオを惑わす女たちの格好をみんながしている……でも、ラフィオの作った格好は人間の女を夢中にさせるのね。さすがラフィオ……」
キエラは魔法少女が嫌い。けど、ラフィオの作ったものは認めている。相反する考え方が両立できている理屈が、ティアラにはわからない。
けど、思いついてしまった。
「ねえ。キエラが魔法少女の格好したら、ラフィオも見る目を変えるかも」
「そう……かしら……?」
「ええ。やってみたら?」
「そうね。そうかもしれないわ! やりましょう! ティアラも同じ格好するのよね?」
「え? ええ! やる!」
そうだ。ティアラもまた、魔法少女に憧れている。ミラクルフォースのような。そして現実世界にも現れた魔法少女のような。
「まずは衣装を用意しないといけないわね」
「買うの?」
「まさか。盗みましょう。そうだ、魔法少女は三人いるのだし、わたしたちももうひとり、仲間を作るっていうのは?」
「おもしろそう! けど、わたしたちの仲間になってくれるお姉さんなんているかな?」
「いるわ。きっとね」
キエラは小屋の一角に大切に置いてある、特別なコアを拾い上げた。
ティアラにも使った、人間をフィアイーターにできるコアだ。作るのに時間がかかるから、あまり気軽には使えない。
けど、キエラは今が使い時だと考えたらしい。
「まずは衣装ね。それから、お友達になれそうなお姉さんを探しましょう」
――――
「どう? 愛奈さんのやる気は出そう?」
「無理だな」
「そっかー」
翌朝。愛奈をいつものようにフライパンで叩き起こして会社に行かせる。この時点で、映像出演どころか出勤という日常の動きすらやる気が出ていない。
バス停で会った遥に尋ねられても、そう答えるしかなかった。
「一応、麻美には連絡とってるけどな。姉ちゃんを甘やかしてやれって」
「情けないお願いだね。愛奈が」
「まったくだ」
鞄の中からラフィオが、心底疲れた声を出す。疲れているのは、先程つむぎに朝のモフモフに付き合わされたからだけではない。
魔法少女がいるのは、怪物から世界を守ってくれる希望の存在とするため。そうやって人々の恐怖を和らげ、フィアイーターの餌とキエラの望みを断つのが目的。
なのに犯罪の象徴にされてしまったら、人々は魔法少女に恐怖を抱くかもしれない。
「まったく。人間も業が深い生き物だね」
「守る気が失せたか?」
「いいや。良い人間の方が多いことを、僕はよく知っている」
鞄の中で、モフモフされて乱れた毛並みを整えながら、ラフィオは微かな笑みを見せた。
良き人間とやらの中にも変わり者は多い。けど悪人ではないな。
「とにかく、犯罪者は警察に任せるしかない。この国の警察は優秀なんだろ? そのうち捕まるさ」
「そうだな。それから、姉ちゃんの機嫌取りだ」
警察の要望なんだから、従うべきだ。
「愛奈さんの機嫌を取るにはどうすればいいかな。好きなものってなに?」
「酒」
「そっかー」
プレゼントしようにも、俺たちでは買えない。
「他には?」
「休日」
「好きそう。もう、昨日言ってたみたいに有給まとめて取らせてあげたらいいんじゃない?」
「そう簡単にはいかない。数日休んだら、それだけ怠惰さを増すんだ。休み明けに起こす俺が苦労する」
連休なんか取ったら、ひたすら怠惰に日々を送り始める。生活リズムは崩れ、昼夜が逆転しだす。
休み明けを見越して、普通の社会人らしい生活に矯正するのは俺の仕事だ。盆や年末年始の度に戦いになる。
この前のゴールデンウィークは、用事が多かったからなんとかできたけど。
いつしかバスは学校の前に停まった。遥の車椅子を押しながら校門へと向かっていく。
周りに生徒が増えてきているから、ラフィオは鞄の中に隠れた。
ここの男子の制服姿の窃盗犯が出たとあって、最近見なかったマスコミや配信者が校門付近に集まっていた。
同時に、制服の警官たちが声をかけて、奴らを追っ払っている。
「警察は敵じゃない。面倒なお願いしてるだけで」
「そうだねー。仕方ない。わたしも愛奈さんのやる気を出す手伝い、しますか!」
「策はあるのか?」
「愛奈さんが大好きなお酒を用意します!」
「まあ、テンションは上がるだろうな。けど、どうやうって用意するんだ?」
「んー。なんか、年齢を偽って買うとか?」
「未成年の飲酒は犯罪だよ、神箸さん?」
「ほ? あ、先輩。おはようございます」
遥の言葉に、知らない声が返事をした。
ハスキーだけど少し細く、男女の区別が聞いただけでは付きにくい声だった。




