4-4.コスプレ強盗第二弾
「痛い痛い! なによ!? 公権力の横暴!」
「難しい言葉知ってて偉いわね。大して痛くないようにしたから、騒がないで」
「痛いもん! 痛いのは痛いから!」
「続きは部屋で聞きましょうか!」
「ぎゃー! お巡りさんに連行されてる! 悠馬! 助けて!」
酔っ払いの悲痛な叫びが聞こえるけど、無視しよう。
「遥、帰るか。つむぎも、そろそろ帰れよ」
「えー。ねえ悠馬さん! ラフィオ持って帰っていい?」
「いいぞ」
「良くない! おい悠馬! これから僕は夕飯の洗い物をしないといけないし、明日の朝も作らなきゃいけないんだぞ!」
「あー。そうか。ラフィオは必要だな」
「わかってくれて嬉しいよ! だからおいつむぎ! 離せ! こら!」
「遥を送ってくるから、帰るまでに満足するまでモフモフしておけよ」
「はーい」
「あ! こら! 見捨てるつもりか悠馬! 待て! 助けろ! 悠馬ー!」
モフモフの悲痛な叫びも無視しながら、俺は車椅子を押して遥の家に向かう。
「ほんと、毎日賑やかだよね悠馬の家」
「疲れるよな」
「けど憧れる」
「そうか?」
「うん! それにしても許せないよね。犯人。悠馬のふりして泥棒するなんてさ」
「そうだな」
奴が扮しているのは双里悠馬ではなく、謎の覆面男って認識だ。俺の存在なんか知りもしない。
とはいえ、いい気分ではないのは確かだ。
「というかさ。覆面はともかくとして、制服はどうやって手に入れたんだろうね」
「買ったんじゃないか? 卒業生が売るとか、時々聞く」
「えー? そんな……本当だ」
車椅子の操縦は俺に任せて、遥はスマホを見つめる。
ネットのフリマアプリに、俺たちの高校の制服が売りに出されていた。
「女子の制服が多いね。そういうの好きな人、いるんだ……」
「よくわからない趣味だよな」
「うん。そして男子のも結構売られてる。買われてるのも多い」
「男の制服に価値を見出す奴がそんなにいるのか」
「いやいや。悠馬の人気だよ」
「だろうな……」
魔法少女が世間で注目を集めて憧れられることがあるなら、覆面男も同様になるのは理解できる。
できるのだけど、こうやって実際に見せつけられるのは恥ずかしい。
フリマアプリの、売約済みの制服の画像がいくつも並んでいるのを見て、ため息しか出なかった。
これに紛れて買った奴のひとりが、あの泥棒だ。
一応、手作りしたって可能性もあるけど。
「早く捕まればいいねー。ねえねえ。その内、わたしたちの格好した強盗とか出てくるかな?」
「出てきてたまるか。てか、顔を晒す強盗なんかいるかよ」
「あはは。だよねー」
遥も冗談のつもりで言ったんだろうな。俺だって、そんな強盗がいるとは思えなかった。
「魔法少女のコスプレをした窃盗が発生したわ」
「マジかよ」
翌日、やはり樋口がやってきて衝撃の事実を告げた。
「昨日話した男女の窃盗団と同一人物なのは間違いないわ。歩容認証で確認済。手口もよく似てるし、一軒目の事件はまだあまり報道されてないからね」
つまり、模倣犯が出る段階ではないってことか。
二軒目の事件が起こったのが昨夜。俺が遥を家まで送り、魔法少女のコスプレ強盗なんかありえないと笑った後の出来事だ。
澁谷に送った動画にはすぐに反応があり、翌日、つまり今日の午後のローカル番組で紹介された。
犯人の手口と俺たちの声明が電波にのり、次にネットで拡散されていく。
模倣犯が出て、それに警戒する市民たちが出てくる前夜に二回目の犯行が起こったわけだ。
樋口のタブレットには、別のコンビニの監視カメラが映されていた。
別のチェーンの店で、情報がまだ回っていないところを狙ったのだとわかる。
ポケットのスマホから例の画面と音を鳴らしながら、覆面男がコンビニ内に入ってくる。
入店というよりは乱入。あるいは、何者かに突き飛ばされたかのように、開く前の自動扉に背中を激突させてから、少し遅れて開いた扉によって倒れ込むように店内に体を入れる。
そして、怪我をしたような演技をしながら、さっきこの近くで怪物が出たから逃げろと呼びかけている。
戸惑っている様子の店員たちの前に、ついに魔法少女が登場した。覆面男を追いかけるようにして店内に入った。
監視カメラの不鮮明な画像だけど、ピンク色の格好でサイドテールの髪型。つまり。
「わたし?」
「ええ。魔法少女シャイニーセイバー。あなたに扮した強盗よ」
「わたしかー。まあねー。魔法少女の中で、一番頼れるもんねー」
「いや。他の魔法少女は高校生と小学生だ。この賊が誰かは知らないけど、見た目の年齢が近い姉ちゃんを選んだだけだろ」
遥はともかくとして、つむぎに変装するのはさすがに無理だからな。
「なによ。強盗のくせに。てか、わたしの格好で変なことしないでよ。ちょっと。わたしそんな馬鹿っぽい顔しない」
顔も不鮮明だけど、愛奈はカメラの人物の一挙手一投足に文句をつけ始めた。
気持ちはわかる。俺も覆面強盗に言いたいことが多い。
画面の中では、魔法少女の姿に店員たちは本物だと信じ込み、怪物が暴れていると言われた表ではなく、店舗の裏から逃げていった。
後は昨日の映像と同じ。レジから現金を奪って、酒やたばこを盗んで逃げた。
「犯人の足取りは調査中よ」
「見つかりそうか?」
「日本の警察は優秀。彼ら車は使ってない様子だったけど、監視カメラの映像をしらみ潰しに調べて、家を突き止めるわ」
「そうか。カメラに顔が映ってるなら、何者なのかもすぐにわかるのか?」
「急いでるけど身元はまだ不明。これだけ堂々と顔を晒してるけど、化粧でセイバーの顔に寄せてるのね。目撃した店員も、格好の方に意識が取られて顔を覚えてない。本物と勘違いした以上、彼らの頭の中にある犯人の顔はセイバーそのものなの」
「コスプレ強盗、それなりに理に適ってるのか……」
世も末だ。




