4-3.啓発ビデオ撮影
「動画で伝えてほしいことは、ふたつ。警報が鳴っても慌てず、それが本当かどうか自分のスマホを見て確認すること。それから、自分たちが窃盗行為を働くことはないってこと」
少し後。酔い潰れてテーブルに突っ伏してる愛奈を横目に、改めて樋口が説明する。
「戦ってる時は、その場にあった物は使うけどな」
「けど、持ち去ったものはない。そうでしょう? 現金を盗むなんて、戦いには関係ないからありえない」
「まあ、そうだな……いやあったけど」
「ラフィオがプリン持ち去ったよねー」
「お前が見つけて、持って帰ろうって言ったからだろ」
「今度からはやめなさい。他にやったことはある?」
「あったかなー? ラフィオ覚えてる?」
「なんで僕に訊くんだ。壊したものならいくらでもあるけど」
「持ち出さなければいいのよ」
「……じゃあ、特にないかな」
本当は、あった。けど持ち出したとは、正確には違う。
連休中のウサギさんランドでの戦いの前。トンファー仮面の着ぐるみを身に着けた本物のトンファー仮面から託された、作り物のトンファー。
あれは持ち出したのではなく、双方同意で手渡されたものだからノーカウントだよな。あいつ、後で返してくれって思ってた可能性はないかな。ないと思いたい。
「うん。ない」
「それを続けなさい。そして表明しなさい」
「わかった。ラフィオ。大きくなれ」
「やったー!」
「姉ちゃん。つむぎを止め……無理そうだな。樋口頼む」
「はいはい。公安が子守りね。つむぎ、向こう行きましょ」
「えー」
すかさずラフィオに飛び付こうといたつむぎを、樋口が捕まえてテレビの前に追いやる。
「また、吊るしたシーツをバックにして撮影するの?」
既にスマホのカメラを起動させている遥が尋ねる。やっぱりそうなるかな。
「用意してくる。ええっと。警報が鳴っても、落ち着いて自分のスマホを確認して……」
部屋からシーツを用意しながら、言うべきことを頭の中で整理する。
「悠馬ー。原稿作っておくから、吊るしながらチェックしてー」
「ありがとう遥。お前、本当にできた女だと思ってる」
「ふふん。もっと頼っていいからね。間違いなく愛奈さんより頼れるよね?」
「ああ。間違いなくな」
「お姉さん言うなー!」
「言ってない」
机に突っ伏してる愛奈のくぐもった声が聞こえた。会話に参加するなら手伝え。参加できてないけど。
そして、廊下に吊るしたシーツをバックに、市民へのメッセージを伝える。急遽撮影した割には、うまくできたと思う。
多少拙いのは、素人がやったのだから仕方ない。俺とラフィオが出演している映像というだけでメッセージ性は十分だ。
「後は澁谷さんに動画送って、編集でなんとかしてもらおっか」
「そうだな。で、ちゃんとした声明はテレビ局で撮ってもらう」
最初からテレビ局に任せるべきだとは思うけど、こういうのは速報性が大事だからな。
明日にでも模倣犯が出る可能性がある。だから牽制はスピードが大事だ。
自分で動画をアップさせる手もあるけど、そこまで労力はかけたくないし。
魔法少女が市民と直接関わりを持つ窓口ができたら、そこから正体がバレたり、窓口の管理で忙しくなりすぎて本来の活動に支障が出たりするのは避けたい。
マスコミを使える時は遠慮なく使わせてもらおう。
「送信っと。澁谷さんからの返事待ちだねー。ニュースになるのはいつになるやら」
「撮影終わった!? ラフィオモフモフしていい!?」
「いいぞ」
「良くない!」
「やったー!」
「ぎゃああああ!」
スピード感を大事にするモフリストは、チャンスと見るやすかさずラフィオに飛びついた。この動きさすがだ。公安の手を難なく振り切っているのも強い。
「ご苦労さま。後は、馬鹿が犯罪をしないのを祈るだけね」
「なあ樋口。馬鹿は出ると思うか?」
「思うわ。世の中には、信じられないくらい馬鹿がいるのよ。一時の衝動とか、大したことない欲望のために一線を超える馬鹿がね」
「そうか」
「悠馬ー。ビールおかわり……」
「姉ちゃんも馬鹿なのかな」
「確かに馬鹿だけど、犯罪しないだけ立派よ」
「えー? 樋口さんわたしのこと立派って言いましたー? えへへー。樋口さんわかってるー」
「馬鹿とも呼んだわ」
「えー? なに聞こえないー。悠馬ビール」
都合の悪いことは聞かない主義らしい。本当に馬鹿だな。
「ほら。姉ちゃんもう寝るぞ」
「やだー。寝たら明日が来ちゃう」
「寝なくても来るんだよ」
「じゃあ悠馬、一緒に寝よ?」
「駄目に決まってるだろ」
「えー。なんでよー。いいじゃない姉弟なんだから」
「良くない!」
「ねえ悠馬。わたしもそろそろ帰りたいから、送ってほしいなー」
「わかった。樋口。代わりに姉ちゃんを部屋まで運んでくれ」
「仕方ないわね……」
「やだー。わたしは悠馬と一緒に寝るの!」
「こいつ。酔ってるくせに力が強い!?」
俺に抱きつき、薄い胸を押し付けながら腕に力を入れる愛奈を、簡単には振り払えなかった。
無理矢理突き飛ばして怪我させるのも困るし。向こうは酔っ払って好き勝手やってるのに。困ったものだ。
「ふふん。お姉ちゃんの全力を思い知ったかー! 本気を出せばこんなものよ!」
「その全力を、もっと他のことに活かせ?」
「魔法少女の戦いに? 嫌よ!」
「いや。仕事に」
「もっと嫌ー! わたしの全力は悠馬のためにしか使いません! お姉ちゃんなので!」
「理屈がわからない」
「本当に、この女の世話は大変ね。貸しなさい」
樋口は愛奈の腕を軽く捻りあげて、俺から引き剥がした。鮮やかだ。




