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花かんむりの眠る場所で  作者: 綾取 つむぎ
四章 学園祭編
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二十七話 大切の意味に


だんっ、と固いような柔らかいようなマットに背を打ち付けると同時に私、月乃玲明は目が覚めたような気分になった。


劇を、見ていた。


していたのではなく、見ていた。どこか遠くからぼんやりと。でも、何より鮮明に、一番近くでその劇を見ていた。


そんな、不思議な感覚が、もしかしたら夢だったのでは、という仮説を助長するが、下がった幕の向こうからパチパチと鳴り響く拍手によって、他人事のように見ていた景色が、現実にあったことだということも、わかっていた。


「月乃さん、お疲れ様です」

「……あ、えぇ。お疲れ様です」


不意に隣から声がかけられた。

よく知っているわけでもないが、知らないわけでもない、王子役の人だった。


「この後、明日の公演の打ち合わせもあるそうなので、着替えてからは舞台袖の方に集合だそうです」

「わかりました。ありがとうございます」


連絡事項だけ伝えると、王子役の人は歩いていった。

私も、早く着替えねばならないのにまだ、どこかぼんやりとしたままだ。


目の前にあるのは切り立った崖のセット。私はそこから飛び降りて、今、ここに居る。


でも、私が見た劇の終盤は、それをセットとも感じさせずに、本当に崖のように見えていたのだ。

それだけではなく、姫は王子に恋をしていることを、全身全霊で感じさせた。


それこそ、愛を……恋を知らない私にも、それが恋なのかと伝わるほどに。


(メリア、だったからかな)


私が作った考え方、人格だというのに、あの子はまるで普通の女の子だった。


普通の、女の子。


知識だけならば、ちゃんとあるのに。

作れるのに。


私は、普通の女の子には、なれない。そう、思うと、今まで積み上げてきた色々が急速に色を、光を失った。


私の、考えたことは正しいの?


私の、感情は合ってる?


私が、知れたと思った愛は……



いくら、考えてもこんな、私では正しい答えになど、たどり着けないのに。

だって私という存在は、空――


「玲明!」


私の思考を遮った今度の声は、よく知っていると言える声だった。


「……ミア」


何故だか、その私の声を聞いて、私の表情を見て、ミアはほっとした顔をした。


「玲明、さっきの劇……」


社交辞令としてでも、素晴らしかったと言えばいいのに、ミアは言葉を濁らせた。


「メリアですよ」


……聡い、ミアのことだから。この言葉で何かが伝わるはずだ。


「メリア、って」

「私、メリアの思考を分析したんです。実は色々文献を借りたり、台本と合わせて、その時どう思ったのかを考えたり。

……なんだかまるで文学の授業でやるみたいな内容ですけど私、ちゃんと知識だけならあったので、分析できたんですよ」


ミアの表情は、よくわからない。

悲しいのか、怒っているのか。でも、少なくともプラスの感情ではない気がした。


「で、分析したら、物語のメリアの人格、こうだったんじゃないのかな、っていうのがわかって、それがちゃんと固まりきったら人格が出来て――」

「玲明」


咎めるように、名前を呼ばれた。


「どうしたんですか?ミア」

「……玲明。人格を作ることなんて、普通は出来ないの。……できちゃ、いけないのよ」


ミアは、そう言葉を発した。


でも、私にはよくわからなかった。


「でも、出来てしまったものは出来てしまったものですし。それに、メリアの方が正しい在り方ですよ?」


* * *


「でも、出来てしまったものは出来てしまったものですし。それに、メリアの方が正しい在り方ですよ?」


私、雷山ミアに向かって玲明は、ニコニコと言葉を発する。


「ちゃんと悲しんで、笑って、人間としての機能をメリアの人格の方が、ちゃんと持っています。

それに、きっと普通のメリアなら、人格を作れるなんてことないでしょう?

今回は劇だったので、劇が終わったところが、終わりでしたけど、もっと改良を重ねれば、ちゃんとした人格ができると思います」


玲明は、いつもと変わらぬ無表情で、私にそれを伝えた。でも、少しだけ別の感情が滲んでいた。

例えるなら……まるで人形遊びを楽しむ子供のような顔。


「ちゃんと人格が作れて、私にある知識も、全部を受け継いだら、何も困ることはありません。

……!そうですよ。そうなれば、私が記憶を取り戻す必要もなくなるんじゃないですか?」


どろりと冷たい液体が、背筋を伝い私は固まった。

だが、そんな私に気づかないまま、玲明は言葉を続ける。


「私が新しく、作った人格に思い出はなくなっちゃうと思いますが、思い出は最悪なくとも生活できます。

皆さんが私に使ってしまった数ヶ月はなかったことにして新しい人格と――」


本当なら、怒りたい。

怒って、喚き散らして、何でわからないのって、泣き叫んでしまいたい。


知っていて、諦めてしまうのあになら、そうしてしまってもいい。のあなら、そちらの方が気付ける。


でも、玲明は、まずそもそも知らない。

知らないのに、怒っても、喚いても、何も気付けない。


だから――私は、怒りたい感情を必死に抑えながら。玲明を諭すように尋ねた。


「ねぇ、玲明。自分を大切にして、って、言われたことはある?」


* * *


ミアは、急に口を開いた。


「……自分を、大切に?」


そんな言葉、かけられたことなど――


『自分を大切にしてよ。心配させないでぇ……』


あの日。ハロウィンの日に紅の館で。


捨て身覚悟で切り込みに行った私を、叱ってくれたのあは、そう、言っていた。


あの時は、「心配」という言葉にばかり気を取られて、よく、考えていられなかったが、のあは確かに「自分を大切にして」と言ってくれた。


「ねぇ玲明。お願いがあるのだけど」

「はい……?」


脈略のないその言葉の意味に、首を傾げる間も無く、「お願い」の内容が伝えられる。


「その言葉の意味を、今一度考えて」

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