二十ニ話 恐ろしい劇
『ある国には、姫がおりました。その名をメリア。
可憐で、優しく、明るい姫君――』
支度を全て終えた私は、少し奥に見える、ステージの明かりを眩しく感じながら、舞台袖の暗闇で待機していた。ちらりと見える、客席にはたくさんの人が待機している――今は、遂に劇の本番だ。
先ほどの、話しが引っかからないというわけでもないけれど、私は「メリア」だから、今から会える愛しい人との逢瀬の方が楽しみで仕方がない。
客席があろうとも関係ないのだ、だって私はメリア。お客さんが見たいのはそのメリアが動いて、王子と恋をする、その風景が見たいのだから。
私は、私のまま演ればいい。
『……そんなある日のこと――』
私が、明かりの元、舞台へと上がる言葉が紡がれる。
一歩一歩、ゆったりと決められたように……しかし、私が思ったままに歩き、言葉を紡ぐ。
『ルト王子!今日も来てくれたのですね』
ルト王子に暖かい、「愛」と呼ばれるその感情を向ける。
『姫に会いたくて。公務もすぐに終わらせて、また来てしまった』
『まぁ、嬉しい』
ふわふわと、笑いながら王子の方に寄る。
愛しい。この方が愛しい。それを、ちゃんと王子に伝えたくて視線や、仕草、全てで伝える。
そうして、いくらか会話を交わすと王子が話を切り出す。
『今日は何処へ行こうか。少し遠出でもしてみるかい?』
『あ……』
遠出をしてしまったら、病気の体に触るかもしれない。
でも、ばれたくない、知られたくないと思いながら笑顔を取り繕う。
『どうしたんだい?』
『いえ……。ただ、今日は遠出ではなくて、近くの花畑が見に行きたいですわ』
誤魔化す罪悪感を抱えながらも、私は笑って、欺く。
でも、そんなことを知らずに王子は、にこにこと笑って手を差し伸べた。
『そうかい?じゃあ、花畑に行こうか』
手を引かれたまま、私たちは歩く。
罪悪感と、一緒にいられる幸福感と……。色々な感情を私のまま、享受して、行動に出す。
表情は作るまでもなく、思ったように。行動も、涙も、呼吸一筋さえも、そのまま。
『仲睦まじく、過ごす王子と姫。しかし姫には――』
そのナレーションと同じくらいに、私たちは舞台袖へとたどり着く。
客席を見ると、私たちの生活に魅入られた人たちが、真剣に舞台を見ていた。
(やっぱり、私は私のままで、いいのだわ)
満足感を得ながら私は足を止めた。
* * *
「…………」
「ミア?難しい顔してどうしたの?」
私、雷山ミアは舞台袖から玲明や王子が、動き、演じる舞台を見ていた。
……だが、近くにいたクラスの友人から「難しい顔」と評されるような顔になってしまっていたらしい。
「ちょっと、怖いと思って」
「何が?」
「玲明が」
友人はますます不思議そうな顔をした。
「どこが?月乃さん、素晴らしい演技だと思うんだけど」
「そう、玲明の演技は素晴らしい」
「なら――」
「完璧すぎる演技で、まるで演技じゃないみたいなのが怖いのよ」
友人は、はたと動きを止めた。
不思議そうな空気は消えないままだが、わかるかも、という感情も少しだけ混ざっている。
「演技じゃないみたいっていうのはなんだかわかるんだけど、それが怖いに繋がる?」
「なんて言い表せばいいのかしらね……。言うなれば、完璧な彫刻……かしら。
美術品って、美しいけれど、浮世離れしていてどこか不気味で怖さすらあるでしょ?そんな感じ」
『まぁ、綺麗な花畑!』
『気に入ってくれたかい?』
『えぇ、もちろん!ルト王子とこられて私は幸せだわ!! 』
友人は、舞台で動く玲明をじいっと見て、ようやっと理解できたらしく、深く頷いていた。
「……言われればちょっとわかるかもなぁ。月乃さん、演技としてはすごく上手いんだけどもうちょっと人間味があってもいいんじゃないかな、って。
逆に完璧すぎて非の打ち所がない感じ」
「そうね……。これは、玲明が「演じている」劇ではないような気がするわ」
恐れを抱くような、体の芯から冷たい冷水が逆流するような感覚。たかが劇に、こんな感情抱く方がおかしいというのに、でもどうにも無視することはできない。
(玲明や、のあの事情には出来るだけ介入したくないのだけれど……少し、気にかけておいた方がいいかしら)
舞台で、にこにこと、完璧な笑みを浮かべる玲明を見ながら、私は一人、胸のあたりの布を、ぎゅっと掴んだ。
* * *
楽しい花畑でのデートが終わり、私、月乃玲明の秘密が王子に知られる展開へと移る。
けれど、私が展開に合わせるのではなく、あくまで私の行動で物語の展開を作るように、ただ自然に行動する。
『姫は、王子とただただ幸せな日々を過ごしました。けれどある日、その日常は崩れ落ちます――』
私は、手に持っていた日記を、なんてことない日常の動作として机に置いて、自分の部屋を去る。
そこからは、王子の時間だ。
『姫、今日も――……あれ?姫が居ない』
キョロキョロと、王子はぎこちない動きながら辺りを見回し、私がついうっかり置き去りにした日記に視線を留める。
『……これは、いつも姫が持ち歩いている日記。何が書いてあるのだろうか……?少しみるだけなら……』
私は、王子が日記を開いて、驚きの表情を浮かべたとき、「偶然」のタイミングで部屋に入る。
『王子!来ているとは知らずに――……』
『姫……』
『まさか……まさかっ!見たのですか?私の、日記を!!』
愛する人に嘘を知られた絶望と、悲しさから、叫ぶように言葉を吐き出す。
『違うんだ』
『……って――』
『え』
『帰って……くださいっ!!』
ぽろり、と涙を零しながら私は走り出す。
知られて、しまった。嫌だ……嫌だ!
もう会わないようにしよう。と決め込みながら私は王子を振り切る。
そこで、舞台の幕は一度降りて、「第一部」と定められた、その時間が終わった。
* * *
――なんて、単調で素晴らしき茶番
メリアだかなんだかわかりにくくてすみません。
ちゃんと色々が繋げられるように頑張ります。




