二十一話 わたしはどこへ
「月乃さん、苦しかったら言ってねー」
「えぇ」
係の女子生徒が私の後ろに回り込み、きゅっとコルセットをしめる。今は、先ほどの控え室から移動して、着替えの最中である。
「どう?苦しくない?」
「大丈夫よ。ありがとう」
慣れない感覚で、圧迫感はあるものの、それによって背筋も伸びるので、悪いものではないと思った。
「そういえば、ごめんなさい。名前、まだ聞いていなかったわ」
「あぁ!ごめんなさい、私から月乃さんの方は知っていたんだけど、私からは言っていなかったわ。桑原マリ。よろしくね」
「よろしくお願いします」
自己紹介も終えたところで続いて持ち出されたのはふんわりと、幾重にも重ねられたレースのパニエだった。
「今回は、可憐な雰囲気をより表すためにもパニエを使ってふんわりスカートを膨らませるのよ!動きにくくはなると思うけれど、出来るだけ足元には引っかからないよう、調節するからちょっと我慢してね」
ふんわりと広がるパニエに足を通す。さらさらとした生地が足の色々なところに軽く触れて、少しくすぐったい。
「こういう身支度ってとってもわくわくするわ。ふんわりとしたレースのパニエも可愛らしいし、コルセットも、すっと背筋が伸びてこれから頑張ろう!って気になれるのね」
「でしょ〜。お洒落って楽しいものなのよ。
私は、自分を飾るのも楽しいと思うけれど、こんな感じに他の人を飾るのも大好きよ。自分の手で、人が綺麗に可愛くなるのってとっても素敵じゃない?」
「えぇ、とっても素敵ね!」
桑原さんと一緒にお洒落の話をしながら支度を進める。先ほどのコルセット、パニエに続いて取り出されたのは淡い赤色の華やかなドレス。裾がふわりと広がるデザインで、くるりとまわると裾にあしらわれた細やかなレースがチラリと見えるような、そんな可愛らしいドレス。また別の女子生徒が、そのドレスをこちらに持ってくる。
「月乃さんのドレスの説明に入る前に、先ほど、自己紹介していたようなので私も自己紹介させていただきます。笹木結奈です。よろしくお願いします」
「笹木結奈さんも、どうぞよろしく」
二人で軽くお辞儀をして、一旦自己紹介を締めた。
「さて、ではドレスの説明の方に。これが、今回着るドレスです。可憐なイメージを崩さずに、月乃さんの姿とも合うようにするために月乃さんの瞳の赤色を取り入れて、それをさらに薄い色にすることで、淡い、繊細な印象にしました」
「すっごく可愛らしいドレスね。特に裾のささやかなレースが、控えめながらポイントになっていて可愛いわ……」
「ですよね!」
説明をする落ち着いた様子とは打って変わって、笹木さんは強く頷き、肯定の意を示した。
「実際に着てみたら、パニエの方のレース素材も、チラリと見えてさらに可愛いと思うんです!」
「わぁ!すごく素敵。絶対に可愛いわ!」
そう返答すると、また強く首を振った。
どうやら笹木さんも、ドレスなどのファッションが好きらしい。
「……いやぁ、まさか、月乃さんとこんな話をする日が来るなんて思ってもみなかったです」
「あ!それ、私も思ったー。月乃さん、何に興味があるのかわからないから今まであんまり話せずにいたんだけど、話してみたら意外とちゃんと話出来るものね。
ただ……」
少しだけ、不思議そうな顔をした桑原さんが、言葉の続きを濁した。
「どうしたの?」
「いや……今、月乃さんは「メリア」に成り切っているのも、知ってはいるのだけれど、何というか……。
「メリア」に成り切る月乃さん、というよりも、「メリア」そのものと話しているような気がしてくるのが、少し不思議だな、って」
予想だにしていなかった疑問に私は固まった。
「あ、いや……ね。演劇において、本人みたいに、なり切れるって素晴らしいことだと思うんだけど、逆にちょっと恐ろしさもあるというか……」
「恐ろしさ?」
「……あぁ」
笹木さんが、理解した、というように声を上げる。
「月乃さん、例えば……なんですけど今、演技をするのに何を考えていますか?」
演技……。
私には、まずそもそも、演技という感覚がない。
ただ、メリアであるというだけ。
「……えぇっと、ごめんなさい。特にこれといった何は考えていなくて……。ただ、私は私。メリアだと思うまでもなく、潜在意識にあるだけなの」
期待に応えられない答えだっただろう、と思い、笹木さんを見たが、その態度は「やっぱり」とでもいいだげだった。
「月乃さんは、今聞く限り、本当に「メリア」の考え方で、「メリア」そのものになっているような感じだと思うんです。でも――それは異質でも、あると思うんです」
若干、言いにくそうな顔をして、口をつぐんだ笹木さんだったが、私が続きを促す。
「……続き、気になるわ」
「ごめんなさい。あまり話したことのない月乃さんにこんなこと言ってしまうのも、おかしな話ではあるんですけど……」
「大丈夫よ。気にしないわ」
大きく、息を吸い込むと、笹木さんは言葉を発した。
「――月乃さんには、「自分」というものが、ない気がしたんです」
「……「自分」が、ない」
失礼だから、怒りを感じた、だとか。そんなことを言われて、悲しくなったから。とかではなくて、ただ単純にどういうことなのだろう。と思ってしまった。
「ごめんなさい。失礼で」
「いいの。私が、聞きたがったのだから。詳しく聞きたいのだけれど」
もう、私が怒ったり、悲しんだりせず、ただ気になっているだけということに気づいたのか、今度はそう時間を置くことなく話しはじめた。
「……本当なら、元々の「自分」の考え方を消し去って、別の考え方、今なら「メリア」ですね。
「メリア」の考え方を、「自分」の位置に据えるなんて、出来ないことだと思うんです」
「どうして?」
「だって、そうしたら……」
「――元々あった、「自分」は何処にいくの?」
今まで、説明していた笹木さんに代わり、桑原さんが、言葉を継いだ。
「元々あった「自分」の席に、別の誰かを座らせてしまったら、「自分」は行く場所がない。だからちょっと、不思議かなって……思ったんだ」
確かに、考え方なんて、いくつもいくつも持って、いちいち変えていられるはずもない。
使われなくなった考え方に、残された場所などないのだ。
「今更ながら、ごめんね、こんな話題だしちゃって。こんなの、考えたところで、答えなんかでないしね。
支度に戻ろっか」
そう言われたメリアは、すぱっと頭を切り替えて、返事をした。
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本当に、関わってくださる皆様には感謝しかありません。チラッとだけでも覗いて下さった方、読んでくださる皆様がいるからこそ、書き続けられています。
今後も頑張って、れいちゃん(玲明)やのあくんの生活をお見せできたらと思いますので、どうぞよろしくお願いします。




