二十話 僕が殺したあの人
「月乃……玲明を忘れる……?」
のあの言った言葉の意味が、よくわからなくて、私、月乃玲明はオウムのように、繰り返すことしか出来なかった。
「別に、何をするって訳でもないよ。ただ、舞台に立つ「メリア姫」と「月乃玲明」を切り離して考えるだけ」
のあからさらに説明が入ったが、やっぱりイマイチわからない。
「切り離すって……」
「れい、今までメリア姫の心情分析してたでしょ?それで、練習の時も上手くやれてたし、演劇の間だけは「メリア姫の考え方」で、「月乃玲明」じゃない、メリア姫になり切るようにすればいいんじゃないかなって」
そこまで説明して、もらってようやっと全貌を理解することができた。
「一時的だけど悩みも気にしないでいられるでしょ?だってそうしたられいは、「月乃玲明」じゃないんだから、その悩み自体を知らない」
分析もしたし、メリア姫の考え方そのもので、メリア姫になり切ることも、出来る気がする。
「……それ、やってみようと思います」
「うん。じゃあ今から貴方はメリア姫だ」
王族の姫だけれど、優しく、可憐で、ただ王子を慕い、死を恐れる普通の女の子。
私はそんな、女の子。
私は――
「皆様を待たせたままですし、そろそろ戻らないと!!一緒に戻りましょう?」
「えぇ――メリア様」
近くにいる、華道さんがにこりと微笑んだ。
* * *
僕、華道のあは、れいを室外で待たせて先に控え室へと戻り、まだこの場に残っている生徒たちへ説明をしていた。
「れいの体調は、とりあえず回復しました。ただ、実際にホールに立った時にお客さんの多さで人酔いすると困るので、今からメリア姫に成り切って慣れるそうです」
説明をしたはしたが、生徒たちは怪訝な表情だ。
れいが、主役に抜擢されたのは、みんなからの推薦である部分が多いが、実際のところ冷やかし混じりに薦めていた人も少なくはないようだ。
大半の生徒は、「どういうことだ……?」という、不思議そうな顔と、「何やってんだよ」という、嘲りの表情を浮かべていた。
「とりあえず、そういうことですので、よろしくお願いします。……さて、支度係の方にれいをお返ししますね」
後ろに手を回し、扉を開けるとその人、が入ってくる。
「今から、お支度の手伝いをしてくれるのでしょう?どうぞよろしく」
「その人」は、艶やかな黒髪を楽しげに揺らし、紅色の目をキラキラ輝かせながらゆったりと微笑えみ、軽く頭を下げた。
「――月乃さん……?」
一人の生徒がぽつりと呟いたのを皮切りに、生徒たちは口々に思ったことを述べ出した。
「えっ、嘘ぉ!?月乃さんこんな表情出来るの!?」
「これ本当に月乃さん!?」
「なかなか、かっ……可愛い……」
「メリア姫、実在してたらこんな感じだろうなってくらいの再現度……」
驚くのも無理はない。いつも、無表情の中に、感情が滲み出ているのが月乃玲明なのだ。僕や、ミアや、生徒会メンバーのように、読み取れるようになれば、感情豊かだとわかるのだが一般生徒からみたれいは、「表情筋の死んだいつも無表情な人」に他ならない。
「月乃さん、笑うと印象全く違う……」
ぽつりと何処かから発せられた、その言葉に頷く生徒の多さたるや。その数と同じくらい、頬を染めて俯く男子生徒もいる。まぁ、頬を染める男子が何人いようがまだいいのだ。
だが、思ったより、人が集まりすぎている。ちょっとどうにか気を逸らして解散の方に持っていかないと支度が立ち行かなくなる。
「凄いわね……。私も練習がてら成り切ろうかしら?」
そんなとき、本人は意図していないようだが、自分には新しい案をもたらしてくれた救いの声が振る。
「あら、メリア王女、ご機嫌よう」
「まぁ、王妃様。ご機嫌よう」
即興で、王妃を演じ出したのはミアだ。
周囲の生徒はそれに「おぉ〜」と、拍手をしている。
これは使える……と、間髪入れず声を上げた。
「成り切るのっていい練習になると思うんですよねー。キャストの皆さん、支度の間だけでも成り切ってみたらいかがですか?」
「……見てる感じ結構楽しそう」
「やってみるかー!!」
この学園祭のムードもあってだろう、この案に乗ってくれる人は多く、れいに向いていた視線は殆どが、なりきり出した隣や近くの人に移っていった。
側から見たらシュールな画だが、いつもの人柄をしっているクラスメイトだからこそなかなか面白いエンタメになるのだろう。
「さてと、ではメリア様もお支度を」
僕も、少しだけなり切ってれいに声をかける。
「えぇ。華道さん、ここまで連れて来てくださってどうもありがとう」
そう言って、れいはたおやかに微笑む。……なんというか、これは……破壊力が半端じゃない。
唖然とした僕を置き去りに、れいは支度係の方へと向かっていった。
これから、れいは着替えや、メイク、ヘアセットがあるため別室へ、移動する……つまり、ここからは別行動だ。
「……頑張れ」
そんな呟きを、聞かせるつもりなどなかったのに、れいの耳は拾ってしまったのだろう。
「ありがとう、頑張りますわ。華道さんも、頑張りましょう!」
「え――」
思わず、息が溢れ出た。
『ありがとう、のあ!』
その表情は。
「華道さん?どうかなさいましたの?」
「……い、いや、なんでも……ない。頑張ろうね」
もう、成り切る余裕なんてなかった。だって、さっきのれいの表情が、声が――
まるで、僕が殺した「あの人」のようだったから。




