十七話 青年の悲痛な叫び
「わざわざ生徒会室の方までご足労いただきありがとうございます。どうぞおかけください」
「あ、あぁ」
私、月乃玲明は生徒会室の一角にある応接用のソファーを男性に勧める。
今ここにある音は男性がソファーに掛けようと動く細やかな物音と、何かがあったことを察したのあが用意する、かちゃかちゃという小気味いい茶器の音だけだ。
「どうぞ」
向かい合って座る男性の元や私の目の前、そして最後に私のすぐ隣の空いた場所にもお茶を置くと、のあ自身も席に着いた。
「……生徒会でないと答えられない疑問がおありと聞きましたので先ほどにも自己紹介させていただきました、生徒会会計、私月乃玲明と、こちら――」
「生徒会書記、華道のあです。出来る範囲で疑問にはお答えさせていただきたいと思います」
にこ、っと爽やかな笑顔を見せ、のあが自己紹介をした。なんか凄く外面である。
「私はこの学園に通う三学年所属、立花隼人の父、立花晶だ」
のあは出来るだけ表情に出さないように耐えているようだが、空気にえぇぇ!?という驚きが滲み出ていた。
多分私は表情にも出ている……気がする。
だが、気づいたのか気づかないのか、立花(父)は話を続けた。
「疑問についてだが……率直に言わせていただこう。昨年まではまともな展示場所を与えられていた美術クラブが何故今年はあんな辺鄙な場所まで追いやられているのだ」
まぁ、保護者からみたら急だしおかしく見えるよなーと思いながらあれ?と首を傾げる。
「……失礼ですが、今年の九月に立花隼人さんが起こした騒動をご存知でしょうか?」
「なんだって?」
……おっとこれは。
ちらりとのあを見るとのあもこちらを見ていた。目があった瞬間は一瞬だったが、互いの感情はしっかり把握出来たようだ。
「貴方のご子息であらせられる立花隼人さんが、クラブの予算を減らされたからという理由で、腹いせに生徒会室の鍵を盗む事件がつい最近起きたばかりだったのです。まさか、ご存じなかった……とはおっしゃいませんよね?」
互いの感情、すなわち――情報共有ちゃんとしろ、である。
「まさか……本当に……?」
「――えぇ、事実ですよ」
呻き声のような声を上げた立花(父)に対し、のあはにこにこした顔でトドメを刺しにいった。
「貴方が気になっていらした、美術クラブの展示が今年は別棟なのも、その事件の関係です。
もっと詳しく説明いたしましょうか?」
「あ、いや」
「やっぱりそうですよね。とても気になさっておられましたから――事件の最初から最後まで、詳しく説明申し上げますね」
立花(父)は自分が攻め込みに来ていたのに、思わぬところでカウンターを食らい、もう呻き声をあげるただの人形と化していた。
そしてそれを追い詰めるのあの顔は、美術クラブへの怨念も篭っていたのだろう、とてつもなく恐ろしい顔をしていた。
* * *
『三年二組、立花隼人さん。大至急生徒会室までお越しください』
「……え、俺?」
ただ今、文化の部が始まったばかりであり俺、立花隼人はクラスの出し物である「わたあめ屋さん」とやらの準備を手伝っていた。
本来、菓子作りなんて男性に推奨されたものではないとされるが、うちのクラスは、九月の騒動で俺が女子生徒と間違えてしまった一条さんとやらが出来るやつは全員参加とのお触れを出した。
あの人、同じクラスだったのか、と事件後に気づいたときには絶望したものだが、あれ以降、今はまだなんとか締められてない。たまに睨まれるけど。まぁ軽症、軽症。
それはともかく今は放送のことである。
「……なぁ、今放送で呼んでたのって俺……?」
「お前の所属が三年二組であり名前が立花隼人ならきっとそうだな」
遠回しにお前だろドアホ、と言われている。……俺の扱いどうなってるんだ。
「……とりあえず……いってくる」
気のせいだったことにしたいがそうもいかない。
仕方ない……でもまぁ、きっと大丈夫だ。だって俺は何もしてない。
……そう思っていた時期が俺にもありました。
コンコン、とこの学園の中でも一際重い扉にノックをし、「三年二組立花隼人です」と告げると、中から「お入りください」との返答が返ってくる。
「失礼しま――」
「すみません!家の愚息が、ほんっとうにすみません。申し訳ございません!!」
入室の挨拶を最後まで言い終えることも出来ず、俺は固まる。……どういう状況だ、これ。
「……貴方のご子息の行動だけではありませんよね?」
父と対話する男子生徒の言葉が俺にはよくわからなかったが、父には十分すぎるほど伝わったらしい。
「誠に申し訳ございませんでした!!」
……父自身も謝っているのだが、いやほんとにどういう状況?
「どうぞ、立花隼人さんもお掛けになってください」
やっとこちらを向き、にこにこと笑いながら席を勧める男子生徒のその声が、死刑宣告にも思えた。
「あの……今回は何の件で……」
恐る恐る口を開き、尋ねる。
「いえ、実は美術クラブの展示場所につきまして、貴方様のお父様からご質問があるとのことでしたのでこちらまでお越しいただき、一から事情の説明をしつつ、お答えしていたところです」
俺はさぁぁぁぁぁっと血の気が引くのを感じた。
美術クラブの展示場所についてと言われれば、一番の原因は俺の起こした騒動。
よって美術クラブの展示場所について、一から事情説明をすると言うのなら――
「九月の件……」
「えぇ、折角お父様もいることですから今一度話し合う場を設けようということになりまして」
「………………」
相変わらず、目の前の男子生徒は笑顔のまま告げる。
この笑顔で、話し合いという名目で一方的に叩きのめされる未来が見えた。
出来る事ならばその未来を避けたいが、俺にはこの場から逃げ出す手段を持たない。
さて、唐突だが、俺は普段父の事を呼ぶ時、心の中では「父」、外では「お父様」とそれなりに普通な感じで呼んでいるのだ。
だが、今は心の中だけでもこの言葉で叫ばせていただこう。
(何掘り返してくれてんだこのクソ親父ぃぃぃぃぃ!!!)
それは、この後起こるであろう、悲惨な結末が見えているにも関わらずそれに対抗する手段をもたない青年の悲痛な叫びであった。




