十一話 「なんかいい人でよかった」丸め込まれたことに気づかない、幸せな少女は語る
私、月乃玲明からバトンを攫った「その人」が、風の中を走り抜ける。
「……すごい」
何処の誰とも知らないその声が、呟いた言葉が真理だった。
風を切るように、というより風そのものになり走るその人はただただ静かで、そして速かった。
一秒分の差がついたのにも関わらずそれを感じさせない速さで、のあに追いつき、今は二人が並んだ状態が保たれている。
「頑張れー!!!」
「もしかしてこれ赤チームもまだ勝てるかも?」
少しずつ希望を持ち始めた赤チームの面々の期待を裏切らずに、その人はさらにスピードを速め、ついに――
『白チームを抜いた!!』
見守る人々がわっと歓声を上げる。
のあも、遅れを取らないようにと必死に走るが、少しずつ、でも確実に離されていってしまう。
そして、のあを抜き、そのペースを維持するかのように思えたその人は、さらにペースを速めた。
「まだ、行ける!!」
「そのまま青チームも抜けー!!!」
「負けんな白、青!!」
「まだ追いつけるよ!!!」
勝利を確信していた白チームは焦りと応援の声を。
敗北を確信してしまっていた赤チームは歓喜と応援の声を送る。
盛大に転んだ私は、現在、レーンの直ぐ外側に避けて救護を受けており、下手するとその辺の待機列に並んでいる人達よりもゴールテープに近い。
走る四人の位置は、もうコーナーも中盤というところであり、青チームと黄色チームが一位争いを。そのすぐ後ろから白チーム。四位に確定で赤チーム。そして、コーナーを曲がり切り、ゴールテープも目前というところで。
『行けー!!!』
赤チームが合わせて出したその声に、押されるようにして……黄色チームが、一歩前に躍り出た。
『バン!!!!』
第四競技の一位チームが、テープを切ったことを意味するその音が、空に響く。
すぐ後ろから二位の、のあや、三位、四位の面々がゴールテープのあった場所を踏んだが、そのテープの名残が体に触れるその人は――
「――ライ」
紺の髪が楽しそうに揺れ、茶色のような、奥に金色を秘めているようなその瞳が「正解」とでも言うように細められた。
* * *
『只今の結果をお知らせします。
一位、黄色チーム。二位、青チーム。三位、白チーム。四位、赤チーム。
特別制度の適用はなく、第四競技は赤チームの勝利。
また、総合得点の結果、第一回目体育の部勝利チームは――赤チームです!!!』
その言葉に、わあぁぁぁぁ!!っと赤チームは湧き上がり、白チームは悔しさを滲ませながら拍手をしている。
『――以上を持ちまして第一回体育の部の全てを終了致します』
遠くから、峰先輩のアナウンスが聞こえてきた。
まだ第一回目であり、希望制参加でもある体育の部自体に開会式、閉会式はない。
現在、十時くらいであり、十二時からは各学級の出し物が始まり、来賓や保護者も来るため、そちらの対応や準備にも回らなくてはならず上手く時間が取れなかったというのも一つの要因である。
そんなこんなで、あっさりと終わってしまった体育の部ではあったが、みんなはまだ熱が冷め切らないようで各々近くの人たちと勝利を喜び合い、悔しさを語り合う、そんな時間になっていた。そんな最中、こちらに声をかける人が。
「れい!大丈夫だった!?」
毎度お馴染み、のあである。
「……あー、まぁちょっと……ですね」
「あの日の怪我でしょ」
……半顔でこちらを睨むのは勘弁してください。
「……その節はドウモスミマセンデシタ」
片言になりながら謝罪の言葉を述べると呆れたようにため息を吐かれた。
「まぁ、終わったことは仕方がない」
「あ、あのー……その方を救護席の方までお連れしなくてはならなくて……」
と、その時私の隣でオロオロする人に気付き、にこっと人当たりのいい笑みを浮かべた。
「……あ、救護係の方ですか?」
「あ!はい、そうです!!怪我なさった方は救護待機の席の方へ連れて行くように言われてますので」
「そうなんですね。……確か、救護待機席は生徒会本部席の近くでしたよね?」
「……?そうですけど……」
救護係と問答するのあ。……なんとなくやりたいことに想像がついた。
「実は、今怪我の処置をしていただいたこの方、生徒会役員なんですよ。生徒会本部席ならば救護席も近いですし、何かあったらすぐに移動可能な距離ですので本部席の方に戻って休ませても問題ないでしょうか?
この後、少ししたらまた打ち合わせがあるので……」
「あ、そうなのですね!生徒会本部席くらいならば問題ないかと」
救護係の人、こういったアクシデントの対応に慣れてなさそうだったのだが、自分なりに必死にやっている。ローブの色からして一年生なのだろう。
……頑張っていて微笑ましいのだが、なんかごめんなさい。
多分、救護席に呼ぶのはその人の怪我の記録を付けたいからだ。そこのところこの一年生は汲み切れてない……し、のあはそれをここぞとばかりに利用している。
更にだが、生徒会の打ち合わせなどない。私たち二年生組は休んどけ、という一条先輩の弁により私たちは一般生徒と同じように解散して、来賓出迎えの少し前に集合となっている。
「それでは、生徒会本部席の方に――」
「あぁ、いえ。僕が連れて行きますのでご心配なく。一応僕も生徒会役員でして。
それに、僕の方が力もおそらく強いと思いますのでいざとなったら抱えて運べますし」
はいきたー、the人払い。と私は一人心の中で叫ぶ。
私は知っている。のあはそんなに力強くない。
あんな顔した一条先輩の方がよっぽど怪力なのである…………おっとなんだか寒気が。
「た、たしかにそうですね……。生徒会役員さんなら……うん。では、お任せしてしまってもよろしいでしょうか?」
「はい、もちろん。大丈夫ですよ。ありがとうございました」
……救護係は丸め込まれた自覚もないまま丸め込まれてしまった。
外面のまま、にこにこと救護係の背を見送ったのあは、姿が見えなくなるなり、笑顔の仮面を外した。
「……なんかいいたそうだね?」
「一つ、のあそんなに力強くないですよね?多分私持ち上げるのは無理があると思います」
「それくらいならできるって」
「でも、力が強くないのは事実ですよね?」
「だまらっしゃい」
のあの触れてほしくないとこに触れてしまったらしくけっ、と吐き捨てられた。
「二つ、のあの外面なかなかアレですね」
「あれが一番都合がいいとだけ弁明させてもらう」
いつもののあを知ってる人からみたらなんだか慣れないが、普通の人がみたら「めっちゃいい人」に見えるくらいにはいい外面である。
「三つ、……悪魔ですか?」
「……もうなんとでも」
私からの聞きたいことも全て聞けたため、そろそろ歩き出そう……と一歩踏み出した時、のあがはぁーっとため息をついて肩を差し出してきた。
「怪我したばかりで普通に歩かないでもらっていいでしょうか?月乃玲明さん」
圧がすごい。
「いや、でもですね……」
「大人しく肩を使ってもらって……それとも抱き抱えられて救急搬送されるのをご所望ですか?月乃玲明さん?」
のあが怖い。すごい、目が笑ってない。顔はこれでもかというほど笑顔なのに。
大人しく、のあの肩に手を回し、少し体重を預けながら歩き出す。案の定と言うべきか、のあは生徒会本部席に戻るつもりはないらしく、逆方向にある人があまり居ない通路へと向かい出した。
「……僕が人払いしてまで何を話そうとしたか。れいのことだから想像はついてるよね?」
……もちろん。今の、のあの機嫌からも十分すぎるほど予想はついている。
「――ライについて。ですよね」
今日、突如として現れ、再会を果たした。
不思議な少女ライその人のことであると、私は口にする。
首の後ろに回した手や、視界から伝わる「こくり」と重々しく動いた首の動作が、肯定を示していた。




